うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

『阪急電車』今津線各駅下車の旅(8)西宮北口でタコ焼きを食べる

西宮北口駅に戻ってきた。

 

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西宮北口駅は、東西の神戸線、南北の今津線が交差する乗換駅だが、今津線の線路はこの駅で分断されていて、北行き、南行きはそれぞれ違うホームから折り返し運行されている。

 ホームから階段を上がると、上階は広いフロアになっていて、東西南北にそれぞれに改札がある。どの出口も雰囲気が似ていて、もともと方向音痴のわたしは絶対にここで方向感覚が狂ってしまう。

 

大学生の頃は西宮球場がまだあり、球場のある南側はとても殺風景だったので、店が密集した北側と間違えることはなかったが、阪神・淡路大震災後にごちゃごちゃした古い市場が整理され、再開発ビル「アクタ西宮」ができ、西宮球場跡にイオンモールと阪急百貨店がくっついた巨大な商業施設「西宮ガーデンズ」ができ、オペラを上演できるホールを備えた「兵庫県立芸術文化センター」ができ……と、駅のまわりが続々と新しい建物で埋められてゆくにつれ、どんどん方角が分からなくなっていった。

 

しかし、ここではタコ焼きを食べるというミッションがある。小説に登場するカップルがここでタコ焼きを食べるからである。いや、その前に、どっかの通路から、どっかのビルの屋上にある鳥居を見つけなければならない。作中では、大学生の男子が気のある女子と仲良くなる口実として、通路から見える「ビルの屋上の鳥居」を「ちょっと妙な光景」として見せるシーンがあるのだ。

 

該当頁を読むと、明らかに西宮北口駅からアクタ西宮へ至る通路を指しているようである。とはいえ、アクタ西宮に至る通路はビルの2階の高さしかない。そこからビルの屋上なんて見えるかなあ、なんて思いながらキョロキョロしたら、あった。普通にあった。
(写真は、アクタの上階から撮ったものです)

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鳥居を見た娘は大興奮。
「ほんとにあった! あった!」と叫ぶ娘とともに、ビルが見えるエスカレーターを無意味に2往復してしまった。


ビルの屋上に鳥居があるのは珍しいことではないし、それをことさら珍しいもののように描くこのシーンには少々違和感を感じるが、ビルの屋上を眺めるのはわたしも好きだ。たとえば神戸には中国資本系のビルが多いので、神戸市役所の展望ロビーあたりから周囲を見下ろすと、屋上に中華っぽい意匠の祠?のようなものがあちこちに見える。神戸っぽいなあ、と感じる風景のひとつである。

近年屋上緑化が増えたとはいえ、オフィスビルの屋上はまだまだ殺風景なものが多い。そんな中、地上からは見えない屋上にあえてカラフルな意匠が施されているのを見ると、隠された愛を見つけたような気分になって、ちょっと嬉しくなってしまう。

 

興奮を少し冷ましてから、「フードコートのタコ焼き屋」を探してアクタ東館の方に行ってみる。
アクタにフードコートなんてあったっけなーと思いつつ、あるとしたら1階だと思いエスカレーターで下に降りるが、いくつかの飲食店とコープさんの食品売場しかない。もう一度2階に上がると、あった。コープさんの日用品売場の中に、唐突に小さいフードコートがあった。へええええ。知らなかった!

わたしたちは勇んでタコ焼き屋に駆け寄ったが、誰も店員はいなかった。

 

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なんそれ! めちゃ適当やな!(笑)

 

隣のお茶碗売場で「自分が使うとしたらどのお茶碗がいいか」を娘と話しながら10分少々待ったら、日本語が少々カタコトの店員さんが戻ってきた。外国人スタッフがタコ焼き焼くのか〜と妙なところで感動。一皿250円。おいしかったです。

 

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念願のタコ焼きを食べながら、改めて店内を見渡してしみじみした。

まるで古い商店街のような雰囲気ではないか。

 

わたしの学生時代、まだアクタ西宮はなかった。ここら一帯は古い商店がごちゃごちゃに並んだ「戦後」みたいなエリアだったのだ。アーケードのある公設市場があり(市場といっても卸ではなく小売市場である)、しかし、八百屋や肉屋のようないわゆる市場らしい商店は軒並みシャッターを下ろしたままで、かなり寂れた雰囲気だった。その暗い通りの奥には「隠れ家」的なアジアン居酒屋があって、ちょいちょい友人たちと訪れた。店内には各国の雑貨が所狭しと並び、水槽には熱帯魚が泳いでいて、元バックパッカーといった風情の店主がいて、いつも大学生で賑わっていた。

こういう店も、こういうエリアも、いつかなくなるのだろうと当時から漠然と思っていたけれど、その後すぐに阪神・淡路大震災がこのエリアに壊滅的な被害をもたらすことになるとはもちろん想像していなかった。

そして震災から6年を経た2001年、地域再開発でこのビルが建った時には、あまりの風景の激変ぶりに驚いたものだ。しかし、今ではそのアクタ西宮が既に古びて、古い商店街みたいな雰囲気になっている。

 

タコ焼きを食べ終えたわたしたちは西館にも行き、ジュンク堂書店に『阪急電車』が置いてあることを確かめ、無印良品で靴下を買い、また駅に戻った。

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(つづく)

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

 

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(7)門戸厄神駅という欧風概念

東園駅から隣の門戸厄神駅まではすぐやし、歩く?

という提案は娘に即座に拒否され、また1駅ぶん電車に乗る。門戸厄神駅の改札は西側にしかないと思っていたが、東側にも小さな改札があった。こんなんあったっけ?

 

駅を出ると、すぐ横の踏切のところが五叉路になっている。

厄除けの神様として名高い「門戸厄神」は駅の北西方面。そちら側には田園風景が広がっているので、これまで降りた駅の中で、最も駅前の風景に開放感があるというか、平野っぽい広がりを感じさせる。

 

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踏切の脇には西国街道を示す看板が立っている。

いわれてみれば、この風景はとても街道っぽい。大名行列も似合いそうだ。

 

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線路を斜めに横断する旧西国街道と並行するように、ここから少し南に下ったところを国道171号線(いないち、と呼ぶ)が通っている。車の通行量がとても多いいわゆる幹線道路である。

門戸厄神あたりはのんびりした田舎の雰囲気が漂う静かな住宅エリアなので、道を歩いていていきなり171号線にぶつかると、いつも唐突な気がしてびっくりしてしまう。この道路で空気がガラリと変わるからだ。この171号線がひとつの結界となって、宝塚から門戸厄神までの、小説『阪急電車』に描かれているような「北今津線らしさ」を守っているような気がしないでもない。

 

ところで、門戸厄神駅のことは一般的に「もんど」と略するのだが(多分)、それを聞いた娘が「『もんど』はおかしいやろー。日本語に聞こえへん」という。確かにちょっとフランス語っぽい。もんど。MONDE。

大学の最後の方の時期の彼氏がこの駅の近くに住んでいたので、わたしはこの駅で降りる機会も多かったのだけど、このあたりの田園風景の中には「ダイドーメゾン」と大書したマンションがいくつも建っていた。そのオーナー会社のビルもあって、そこにも「DAIDO」とでかでかと書かれていたように思う。「もんど」と「だいどー」。

だから何? という感じだけど、わたしの中ではすごくこの響きがシンクロしていて、「もんど」は「やくじん」とは切り離され、異国的な響きのエッセンスが入った欧風の概念になっている。何言ってるかよく分かりませんね。

門戸厄神に住んでた彼氏とは大学を卒業する前に別れてしまったのだけど、わたしもなにか「討ち入り」みたいなことすればよかったかなー。

 

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ちなみに、次の西宮北口は略して「にしきた」なのだが、最近は「きたぐち」という呼び方が多数派なのだと友人から聞いた。本当だろうか? 西宮北口の重心は明らかに「西宮」の方にあるのに、ただ「北口」なんていったら新宿北口みたいではないか。とはいえ、地名の一部として替えのきかない「西」と、無機質に方角を指しているにすぎない「北」を同等に並列する「にしきた」という略称がぴったりきているとも思わない。そもそも「西宮北口」って名付けが間違っている。「阪急西宮」でよかったのに。でも西宮北口は、いくら発展してもこの名前のおかげで「阪神間の一結節点」的な引いたポジションでいられる感じがあって「いやいや、発展とかめっそうもないっすよ〜。全然三宮とかをおびやかすつもりないですから〜」みたいな舎弟的空気感の演出になってる気もする。しかし実は三宮が気づいていないうちに裏の番長みたいに阪神間の実権を握っているのだ。

 

ともあれ、暑かったので、駅の裏手のファミリーマートで、熱いミルクを入れて溶かして食べるタイプのフラッペを買ってイートインスペースで食べた。期間限定のスイカ味。写真を撮るのは忘れてしまったけど、おいしかった。スイカバーと同じで、チョコの種が入ってるんですよ。

 

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(つづく)

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(6)甲東園・上ヶ原の見えない新幹線

東園駅今津線で最も学生の乗降が多い駅で、わたしも学生時代に頻繁に利用した。

 

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この駅から坂を上った高台「上ヶ原」には、背後の甲山を嫌味なほど見事に借景にした関西学院大学のイキッたキャンパスがある(アメフト問題で有名になったから広く知られるようになった通り、かんせいがくいんだいがく、と読む)。周辺にも関学附属中高や県立高校など学校が多いので、線路の両側に細い道路と建物が迫った狭苦しい甲東園駅の平日の朝はひどく混雑する。

 

私の学生時代は、線路の両サイドに東西の改札があり、学生の波は道路にそのまま吐き出されていた。駅前には投げやりな雰囲気の殺風景な空き地があり、ここにいつも阪急バスがぎゅうぎゅうに停められていて、学生たちはドアが開いているバスから順番に乗車して座っていく。すると、学生を積めるだけ積んだ時点で、どこがバス停かもはっきりしないカオスな空き地からバスが順番に発車して坂を上っていくのだ。

 

現在では駅の改札は、線路をまたぐ2階フロアに集約され、乗降客は空中通路で道路を横断できるようになっている。

線路の東側に壁のようにそびえていた古びた団地はなくなり、西側には西宮市役所の出張所などが入った駅ビルが建ち、バス用の車庫も駅から少し離れた場所に新たに設置されたようだ。バスのルートも駅前を迂回するようになり、駅前の風景は当時よりずいぶんとすっきりした。

 

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ま、わたしは貧乏学生だったのでバスなどには決して乗らずに坂は徒歩で上った。そして、仁川の坂を上りきったところにある大学の裏門の近くのハイツに入居するようになってからは、部屋の玄関から大学まで走って50秒ほどで到着できるようになったので、混雑した朝の駅とは縁がなくなった。

甲東園から関学に至る通学路沿いは緑豊かな瀟洒な住宅街だが、大学キャンパス西側の「上ヶ原」と呼ばれる一帯は、当時、ネギ畑が連なるのんびりした田園風景が広がっていた。その中に点々と風呂トイレ共同の古い下宿があり、わたしよりもっと貧乏な男子学生はみんなその辺りに住んでいた。が、1995年の阪神・淡路大震災の後、そういう古いタイプの下宿はずいぶんなくなったと聞く。

そういう下宿に遊びにいってテレビを見ていると、時折ブッブッとノイズが入る。ある時、その部屋の住民である友人に「なんなんこのブッブッってやつ」と聞くと、「あー、新幹線が通ったんやなあ」と教えてくれた。上ヶ原の地下には新幹線のトンネルが通っていて、そこを新幹線が通過するたびに、その上に建つ下宿に電波障害を与えるのだそうだ。

大学のときに新幹線なんてほとんど乗ったことなかったし、身近に感じたことも一度もなかったが、実はやつらは風景から隠された地底をひっきりなしに行き来していたのか……。と、すごく不思議な気分になったことをよく覚えていて、いまも新神戸−新大阪間のトンネルを新幹線で通過するときにふと、この頭上にたくさん学生がいるのだろうな、と考えることがある。

 

(つづく)

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(5)仁川駅のメイド服

仁川駅は、宝塚市と西宮市の境界に位置する駅で、駅のすぐ横を流れる仁川の右岸は西宮市、左岸は宝塚市である。

しかし、川をはさんで両側に「仁川」という地名があって、わたしが住んでいたのは西宮市側の仁川だったのだが、宝塚側にも仁川があった。で、仁川RIVERそのものはどっちの市に入るんだろうか。わたしは知らない。

娘によると仁川駅は小説のなかではまあまあないがしろにされているようで、登場人物の彼氏が、仁川駅のすぐ近くにある阪神競馬場でよく馬券を買ってた、ぐらいの登場の仕方であるらしい。

阪神競馬場といえば、わたしは大学時代に仁川駅近くのローソンでバイトしていたので、競馬がある日はおっちゃんたちに350円の競馬新聞を売りまくった。『じゃりン子チエ』のてっちゃんみたいな感じで、ほんまにまじに赤エンピツを耳にはさんだおっちゃんが次々に来店して、普通の新聞みたいなざら紙じゃない白くて厚手の紙に細かい数字や記号を暗号のように印刷した新聞を奪うように買っていくのだ。競馬の日は新聞もおにぎりも売り切れる。釣り銭もよくなくなって、なくなったら隣のローソンまで両替を頼みにいく。徒歩ですぐのところにローソンが並んでるって、まあまあ頭がおかしい感じだが、なにしろ、競馬場に面した県道中津浜線は、わたしたちローソンバイトが「ローソン通り」と呼んでいたほどローソンが多かったのだ。今はどうなってるかしらんけど。

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仁川駅の改札は、駅のこぢんまりとした規模に不似合いに広い。もちろん、競馬開催時に殺到する大量の乗客を効率よくさばくためである。この改札のすぐ先に、競馬場に直結するらしき地下道がある。わたしが住んでた頃はこんなのなかった。こんなのができたら、もうわたしがバイトしてたローソンの前なんか競馬客が通らないやろうし、商売あがったりやなー、というか、もうないやろな。あのローソン。

競馬場を見にいってみる? と娘に聞いたら「別にいい」というので、地下通路の馬のキャラクターの前でUターン。仁川に沿って坂を上る風景がわたしはとても好きなのだが、暑さでバテていて長く歩ける気がしなかったので、駅のすぐ裏の弁天池公園でひとやすみすることにする。

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弁天池は、風景の中に唐突にあらわれる、住宅地の中にあるにしては不自然なほどバカでかい池で、濁った水の中に鯉や亀がいる。きれいに手入れされた花壇には色んな花も咲いている。木陰のベンチに腰を下ろすと、すぐ背後を通る線路を時折電車が通過する以外は驚くほど静かで、風が葉を揺らす音、雀がガサガサしたり虫が飛んだりする音など、生き物が出す音しか聞こえない。池の向こうには、冗談みたいにまあるい姿の甲山が見える。

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池のぎりぎりのきわまで住宅が迫っている。自宅の勝手口を開けたところにこんな池があったら楽しいだろうな、とぼんやり考える。蚊がひどいかもしれんけど……。

 

日差しは暑いが、木陰に吹く風は涼しい。体力がじわじわと戻るまで池を見ながらぼーっとして、また駅に戻った。

 

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駅に戻るも、電車はさっき出たばかりなので、しばらく来ない。

仁川駅のホームからビゴのパン屋の緑の看板が見えた。私が大学生のころは、あの店はビゴではなくローゲンマイヤーだった。私はここでもバイトしていたことがあるのだ。

山小屋風の店構えも可愛かったが、店員の制服も可愛くて、レースのカチューシャにレースのエプロン、というメイド服みたいなものだった。今ではとても着られないけれど、当時はそれなりに似合っていたようにも思うし、その制服に着替えるのはコスプレみたいで楽しかった。貧乏学生だった私は、毎日売れ残りの生クリームたっぷりのパンやケーキを持ち帰らせてもらっては、主食のように食べていたので、けっこう太った。あのバイト、なんで辞めたんだったかな。このままだと太りすぎる、と危機感を感じたんだったかな。

 

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とにかく大学時代は堅いやつから柔らかいやつまでいろんなバイトをした。

コンビニでしょ、パン屋でしょ、家庭教師でしょ、カウンターレディでしょ、ホテルの宴会係でしょ、あと、テキ屋っていうのもあったな。工場の瓶詰めバイトもしたし、ライター仕事をちょっとかじったし、カーナビの地図を作る情報を集めるための実走スタッフのアシスタント、などという妙なのもあった。一瞬だけパチンコ屋っていうのもあって、これも今津線沿線での話なので、あとでちょっと出てくるかもしれない。

当時は景気がよかったから、授業のない時間に適当にバイトしてるだけでけっこう稼げた。就職に関しては目の前で氷河期が到来したから全然おいしい思いはしてないけど、それでも今みたいないろいろ厳しい時代ではなかった。

仁川の風景は当時とほとんど変わってないけどね。

 

(つづく)

『阪急電車』各駅停車の旅(4) 小林駅の昭和ストリート

そして、娘が一番楽しみにしていた小林駅。

 

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小林と書いて「こばやし」ではなく「おばやし」と読むのはかなりの難読駅名になるのではないか。私も大学の時に下宿を探しに入った不動産屋で初めてこの駅名を聞いた時、なんてへんてこな名前なのかと思い、同時に私の名字がまさに「小林」なので、ここに住んだらネタとしてなんとなく面白いなーと思って、できればこの駅の近くに住みたいと思ったアホ丸出しの記憶がある。「住みやすいとこですよ」と不動産屋にも勧められたのだが、私は国立と私立を併願していたせいで第一志望の国立大にはっきり落ちるまで下宿を探すことができず、そのせいで不動産屋を訪れた時には既に近隣のめぼしい物件はすべて埋まってしまっていて、結局、「今まさに建設中で5月に完成する予定」という仁川のワンルームを予約することになったのであった。

 

娘がこの駅を最も楽しみにしていたのは、『阪急電車』で、小林が「いい駅」として紹介されており、なおかつ周辺の様子が最も詳細に描写されているからだ。改札を出るとアスファルトの道があり、すぐに左に入る小道がある。その奥にスーパーとドラッグストアがある、という描写は本当にその通りで、とりあえず私たちはそのスーパーに入っておやつにパピコを買った。

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小道を抜けるたところで目に入ったのは、新しいきれいな建物だ。エントランスを見ると「宝塚市立西図書館」とある。小説には描写されていないが、わたしも娘も図書館が大好きなので迷わず入る。「床がやわらかいじゅうたんであることが神戸市の図書館との大きな違い」であると娘はいう。貸出カウンターあたりに目立つように貸し出し用の音楽CDがたくさん置かれていて、特に宝塚歌劇シリーズが充実しているのも宝塚らしくてよい。最近父親の影響でクラシックを聴くようになった娘が「いいなー」とうらやましがる。

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図書館で少し涼んだあと、線路の西側にわたってみる。こちらは緑豊かな斜面に沿って、意匠を凝らした住宅が建ち並ぶ品のよい住宅地だ。いきなりの急坂を少しのぼると、足元で小さいものを何か踏みそうになる。雀の巣立ちヒナだ。

 

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まだずいぶん幼いようで、くちばしのまわりの黄色いラインがかわいらしい。頭上で鋭く鳴いているのは、わが子を心配する親鳥だろうか。写真を数枚撮ってその場を離れる。

 

再び線路沿いまで戻ってみると、線路を越えるらしき立体的かつ複雑な構造の古い歩道橋があったので、迷路のようなその道をいく。そして振り出しに戻って改札前。次はヒロインが服を買ったという「4階建ての大きなスーパー」をめざして東に下る。間違いなく私の学生時代からあったイズミヤのことである。

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小林駅周辺はに、いわゆる日本の地方のまちに共通する一般的な古さをたたえた昭和な風景が広がっていて、沿線風景の中ではちょっと異質な空気感がある。その前後の駅はもっと分かりやすく洋風なのに、なんでここだけこんなに飛び地みたいに昭和で和風なんやろか。

 

たとえばこれ。小林の109か? この看板のロゴのセンス!

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しかし、この建物についてはなんとなく記憶がある。仁川のローソンでバイトしてたとき、一度この中の店でスタッフの飲み会をしたことがある。当時はローソンを含むダイエーグループは(特に神戸では)すごく勢いがあって、ホテルもゴルフ場もレジャー施設も大学も持っていた。店舗経営に全然興味なさそうにひょうひょうと店長業をこなしていた50代の社員店長に(その店はフランチャイズではない直営店だったのだ)「就職活動なんかせんと、うちに就職したらええねん。どんな施設でも持っとるから福利厚生ええで」なんて言われたりしていたものだ。今は昔やな……。

 

たとえばこれも。「プレジデント宝塚」って!

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イズミヤでは、ヒロインが服を買って着替えたという2階フロアを2周ぐらいして、さらにヒロインが歩いたという、イズミヤの周囲の道をぐるりと1周して、その間に、ヒロインが見たのとよく似た、住民に大事にされているツバメの巣をいくつか見かけた。また、このわずかな散策の間にも、妊婦さんを何度も見かけた。公園も広いし、保育所も立派だったし、いい感じに空気がゆるいし、確かに「いい駅」って感じがするなーとわたしも思った。

 

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娘は「本に書いてあった通りものがあった! でも頭で想像してたのと全然違うのがすごい」と高揚し、「有川浩はほんまにここに来て、ここを歩いたんやな」と、わたしなんかは「そりゃそうやろー」と思うことをすごく大事なことみたいに反芻して、ぎゅっと握りしめているようだった。

 

(つづく)

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

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『阪急電車』今津線各駅停車の旅(3) 草ぼうぼうの逆瀬川

逆瀬川駅の駅ビルには、私が大学生だったころ西武百貨店が入っていた。阪急電車なのに阪急百貨店ではなく西武百貨店

 

当時、私はここから2駅先の仁川駅から坂をずいぶん上がった辺鄙な場所に住んでいて、近所のコープさん(神戸、阪神間エリアの人はコープこうべを親しみを込めてそう呼ぶ)では間に合わない日用品以外の買い物をしなくてはいけない時に、原付や自転車でちょくちょくここに来た。

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駅前に大きな建物がいくつもあって、山手の住宅街の入口になっているこの駅の周辺には、宝塚駅周辺のレトロで独自性のあるキラキラ感とは一線を画する、地域性の薄い、しかしその分、どこかすがすがしいハイソ感がある。

 

ホームから出口に出る階段の途中に、ツバメの巣があり、ヒナが元気にさえずっていた。

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これを見て娘、この日一番の大喜び。この駅の設定ではなかったものの、小説内に駅構内のツバメの巣の描写があり、その下に掲げられている張り紙の言葉も、ほぼ小説のままだという。「ツバメの季節に来てよかった」と何度も繰り返す。小説内の季節と現実の季節がちょうど同じなのだ。

 

何人もの乗客が階段の途中で脚をとめて、ヒナたちを愛でたり写真を撮ったりしているのがほほえましい。確かにここなら雨風を避けられる上に安全で、ホームから外界への出入りも自由。いいところに巣をかけた賢いツバメだなと感心した。

 

駅を出ると、ほどよい遠さに六甲の山並み。はっきりと斜度を感じる地形に風が通る。

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逆瀬川の河川敷にはぼうぼうに草が茂っていて、川底の敷石が描くパターンは、フェンディのバッグのようだ。

 

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ところで、草ぼうぼうの川は何も逆瀬川だけでなく、この沿線の川の特徴だ。

武庫川も仁川もこんな感じ。

というかどこの川でもたいてい草ぼうぼうかもしれないが、私の住んでいる神戸市内、特に三宮から東側のエリアは、六甲山が市街地のすぐそばまで迫っていて海も近いので川の総距離がとても短く、大雨になると一気に水量が増えて氾濫しやすいため、それを防ぐためという理由でほとんどがコンクリート護岸になっている。効率よく大量の水を流すためには抵抗が少ない方がいいからだ。

川というより「水路」と呼んだ方が正しいぐらい、滑り台のごとく一直線に山から海をめざす硬質な神戸の川を見慣れていると、こういう草っぽいざわざわとした河川敷がとても美しく見える。

 

逆瀬川駅に関しては確かめないといけないような描写は特にない、と娘がいうので、駅のまわりをぐるりと回ってすぐに改札に戻る。

(つづく)

 

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

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『阪急電車』今津線各駅停車の旅(2)宝塚南口駅の古いベンチ

 宝塚駅から宝塚大劇場に続く小道「花のみち」には、街路樹と季節の花々を植え込んだ花壇、そして宝塚歌劇の名場面を再現した銅像などもあちこちに立っている。

 緑豊かでキラキラと光が降り注ぐ、夢の世界へ誘う道だ。右手には武庫川の流れが見え、左手には、宝塚大劇場とデザインが統一された、白壁とオレンジ色の屋根のコントラストが眩しい建物群。スパニッシュ様式とでもいうのだろうか、陽光溢れる南欧の気分が漂う。

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 宝塚大劇場に入ってみる。今日は貸し切り公演の日みたいで、まだ開演まで時間があるので人はそれほど多くない。劇場内部にはスターの写真をあしらったありとあらゆるグッズを売る超きらびやかな売店などもあるのだが、娘はそちらには興味がないようで、天井にずらっと並ぶシャンデリアを見て「うわー豪華すぎる!」「宮殿みたいや〜」などとはしゃぐ。

宝塚歌劇は本当に面白いし最高なので私は娘と行きたいと思っているのだが、誘っても誘っても「興味がない」と断られる。どうして〜。

 

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 館内にいくつかあるレストランを検分したあと、結局、学食みたいな雰囲気のセルフサービスの食堂でごはんを食べる。キラキラした空間で食べる学食みたいなそば。かまぼこにちょっとヅカ風味がある。

 

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 ここで予習をしておこうと、娘から『阪急電車』を借りて、宝塚駅から電車に乗り合わせた男女がなれそめる淡いラブストーリー「宝塚駅」を読んでみる。想像していたよりずっと気恥ずかしい話で、なにかこっちが照れる。でもまあ、こういうオールドファッションな物語は確かに、時代錯誤の歌劇を奇跡のように維持し続け、古き良きハイカラな空気を21世紀まで律儀に保存し続けている宝塚に似合う気もする。

 

 そのまま宝塚南口へ向けて歩く。

 広い広い武庫川を、宝塚駅を出た阪急電車が横切っていく。

 川をわたる橋から、橋桁の陰で本を読んでいる人が見える。

 宝塚の空は広い、と来るたびに思う。

それは街の真ん中にこういう広い川があって長い橋がかかっているからだ。視界をさまたげる建物のない広い空がいつも確保されていることは、この街の大きな財産といえるだろう。

 

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 橋を渡ると宝塚南口駅はすぐそこだ。駅につながったショッピングモールは、昔の遊園地のレストランみたいな赤いテント地の屋根を張った通路がぐるりと建物を取り囲んでいてすごくレトロ。こんなんまだあるんやーとちょっと感動。娘がそのそばの古いベンチを指さして、「これは本に出てたやつ!」とちょっと興奮して教えてくれる。色あせたピンクとブルーの四角が交互につながったプラスチックのベンチ。

 「へー、そうなんや。これが本に出てくるのー」と感心したけど写真を撮るの忘れた。撮っておけばよかったな。赤いテント地の天井も、ピンクとブルーのプラスチックのベンチも、きっとすぐに跡形もなくなくなっちゃうのだから。

 

(つづく)

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

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