うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

『阪急電車』今津線各駅下車の旅(11)3たびめの西宮北口駅と星新一 ※完結

そして降り立ったのは、3たび目の西宮北口駅である。

 

乗換駅だし、住宅地の中の駅ということもあり、駅構内にはスイーツ屋さん、花屋さん、雑貨屋さんなどのお土産系、喫茶店などの待ち合わせ系のショップが充実している。時計広場とベンチもある。書店もある。阪急系の書店「ブックファースト」である。

せっかくなので、今津駅で話した星新一の本を今日の記念に買ってあげるよ、と娘に伝えて本屋に立ち寄る。駅構内のコンパクトな書店にも、ちゃんと星新一はある。えらいなー。

でも、文庫の棚を眺めてびっくりしたのは、そのほとんどの装丁画が、もはや真鍋博のものではなくなっていたことだ。星新一といえば真鍋博なのに……。

というわけで、棚にあった新潮文庫のうち唯一、表紙に真鍋博のイラストが使われていた『悪魔のいる天国』を買う。

 

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その場で冒頭の一作だけ読んだ娘は「1話みじかっ!」とびっくり。そうやろー。電車の中で読むのにぴったりやで。

 

有川浩のコーナーも確認したところ、残念なことに『阪急電車』がない。でも、書棚に一冊分だけ空白ができていたので、直前に誰かが買ったのかもしれない。西宮北口駅の構内で『阪急電車』を買うの、いいよね。

 

駅構内ではもうひとつ寄り道をする。日本盛の「しぼりたて生原酒直売所」だ。

日本盛といえばカップ酒みたいなイメージかもしれないけれど、灘五郷のうち、西宮郷に本拠を置く酒造メーカーであるからして、ここ西宮では地酒なのである。地元でしか買えない生原酒、フレッシュでおいしい。駅構内にこういうスタンドがあるのっていいよなあー。

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ちなみに日本盛の生原酒は甲子園でも売り子さんから買える。

これ、こないだ観戦したときの写真なのですが、野球見ながら日本酒を飲むのってなかなかいい。みんなもっと飲んでほしいなー。

 

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さすがに日も暮れて、最寄り駅に降り立つと、月がきれいに見えていた。

 

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娘はずっと「楽しかったー」と言っている。

移動距離もちょっとだし、そもそもご近所なんだけど、とっても充実した旅だった。時空を一緒に移動したような感じがして、わたしもすごく楽しかった。

 

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帰宅後は、生原酒で晩酌しながら、娘とあれこれ振り返る。本当にいい日でした。

ちなみに娘は今度、東京神田・神保町を散策したいんだって。七尾与史という作家の(わたしはよくしらない)『すずらん通りベルサイユ書房』という本の舞台が神保町だかららしい。

いつになるかなー。でも、きっと行こう。

 

 (了)

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 
悪魔のいる天国 (新潮文庫)

悪魔のいる天国 (新潮文庫)

 

 

 

※後になればなるほどぐだぐだになったけど、完結できてよかった!(笑)

『阪急電車』今津線各駅下車の旅(10) ふたたびの今津駅と哀愁の阪神国道駅

久寿川駅から一駅だけ乗って、また今津駅に戻ってきた。
お腹が空いたから駅前で串カツでも食べよう、というわけである。

 

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むっちゃ歩いたのでビールがうまい。

串カツの黄金ルールは「ソースの二度づけ禁止」。テーブルの上にはソースをなみなみとたたえた箱が置いてあり、串カツをここに一度だけつける。かじったあとはつけちゃダメ。当たり前ですね。

 

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といっても、わたしはこまめにつけたいタイプなので、本当はこの方式は好きじゃなく、ソース差しに入ったソースを小皿でかけて食べたい派なんですけどね。

娘と2人であれこれ食べて、お腹が満足したら元気が出てきたし、初夏の日は長い。
せっかくなので降りそびれた阪神国道駅にも行ってみようと、ふたたび阪急今津駅の改札をくぐる。

 

そして阪神国道駅。改札を出たらいきなりこの光景である。なんかええなあ。

 

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こんな駅、降りたことないと思っていたけど、降りて気づいた。降りたことあった。
ここにはアサヒビール西宮工場があったのだ。仕事で一度取材に来た。できたてのビールがとてもおいしかった。

阪神国道」の別名があるという国道2号線沿いに、その跡地は今も寒々とその姿をさらしている。数年前まで、ここに巨大なビールのタンクがいくつも並んでいたなんて、もう想像できないな。病院が建つという話だが、いつできるのだろうか。

 

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空き地に巡らされたフェンス越しに阪神国道駅のホームが見える。なかなか味わい深い光景ではないか。

 

2号線をまたぐ高架線にはこのような巨大な表示がある。

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「阪急 阪神国道駅」という、一瞬、何を言っているのか意味が分からない表記がなんともよい。しかし、地元の人には何の疑問もない。ここにはよそ行きの顔がまるでないのだ。

 

阪神国道駅今津駅西宮北口駅の中間にあり、南行きと北行きがそれぞれの始発駅から同時に出発するので、真ん中の阪神国道駅でこのようにすれ違う。六甲山の登山ケーブルカーのようである。

 

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そして、車窓から空き地を望む。暮れてきた。

 

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(つづく)

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

『阪急電車』各駅下車の旅(9)酒と虎の今津駅

次は今津ゆきのホームへ向かう。

 

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このホームに来るのは何年ぶりだろうか。大阪─神戸間は、阪急電車神戸線JR神戸線阪神本線がほぼ平行して東西に走っているが、南北の連絡は極めて悪く、最も北側(山手)を走る阪急電車と、最も南側(浜手)を走る阪神電車を連絡する唯一の鉄道路線がこの阪急今津線となっている。そして、終着の阪急今津駅が、阪神今津駅に連絡しているのだ。

 

西宮北口阪神国道−今津]の3駅だけを折り返すこの電車に乗った記憶は数少ないが、運行本数も少なく、乗客もまばら……という勝手なイメージがあったのに、いざホームに来てみるとたくさん人が待っているし、電車も10分おきに出ていた。普通に便利やん。誤解してました。すみません。

 

今津線全駅下車を目標としていたが、いい加減疲れていたので、阪神国道は飛ばそーか、ということで今津に向かう。北側の今津線とムードのまったく違う高架線。生活感から浮遊した街の風景の上澄みを車窓から眺める。

しかし、出発したらすぐに終着だ。乗車時間はわずか3分。

阪急今津駅に着くと、構内に宝塚市出身のイラストレーター、中村祐介のラッピング車両のポスターが貼ってあった。娘がそれを見て「この人の絵、好き〜」という。好きな本の装丁画を描いているのだそうだ。ビビッドな色使い、フラットな線、無機的な雰囲気。わたしはそれらのイラストを見て、星新一の装丁画家としておなじみの真鍋博を思い出す。好きだったなあ、星新一。エフ氏やエヌ氏が暮らす未来には、固有名詞から解放された清潔感があった。しかし、星新一の予言が色々と的中している現在、あのような清潔感と目の前の現実は遠い。それは、いいことでもあり、悪いことでもある。

娘とそんな話をしながら、阪急−阪神の連絡通路を抜けて外に出る。

 

同じ西宮でも北の方と南の方では風景が見事に変わる。

 

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阪神今津駅前から続く通りに並ぶのは、串カツ、タコ焼き、お好み焼き……と、完全にラインナップが大阪である。兵庫県東部沿岸には大阪府が侵食しているのだ。阪神タイガースの意匠も頻繁に見かける。ここから東に2駅先には聖地・甲子園がありますからね。

 

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駅前の地図をちょっとだけ見て、「酒蔵通り」でも歩くか、と南をめざす。

この一帯は、江戸時代からの酒どころ「灘五郷」の最東端に位置する「今津郷」なのである。

 

西に曲がれば、お隣の「西宮郷」の観光酒蔵がいくつかあるのだが、わたしたちは東に曲がる。今津に来たんだから今津郷の風景を見ないとね。

 

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明治時代に小学校の校舎として建てられたという可愛らしい六角堂、酒蔵のまちの和菓子店、大関の風格ある看板、路傍のあじさい……。

 

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大関の工場の屋上にも赤い鳥居が見えた。

 

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疲れてきたので今津に戻らず、そのまま北にのぼって久寿川駅へ。

阪神電車は駅の数が多く、それぞれが個性的で面白い。この駅は児童公園に面した可愛い駅で、使ったのはたぶん初めて。ホームの窓から公園の緑がこんなに近く見えるなんて、なかなか素敵じゃないですか。

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車体を斜めにしながら、普通電車がホームに入ってきた(阪神電車はだいたいいつも斜めになっている)。青い大きな水玉模様が特徴的なジェット・シルバー5700。つい最近導入された新しい車両かと思っていたら、デビューは2015年らしいですね(などと書いておいて写真はない)。

 ……って、もしいい加減なこと書いてたら鉄ちゃん各位には申し訳ありません。。

 

(つづく) 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

『阪急電車』今津線各駅下車の旅(8)西宮北口でタコ焼きを食べる

西宮北口駅に戻ってきた。

 

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西宮北口駅は、東西の神戸線、南北の今津線が交差する乗換駅だが、今津線の線路はこの駅で分断されていて、北行き、南行きはそれぞれ違うホームから折り返し運行されている。

 ホームから階段を上がると、上階は広いフロアになっていて、東西南北にそれぞれに改札がある。どの出口も雰囲気が似ていて、もともと方向音痴のわたしは絶対にここで方向感覚が狂ってしまう。

 

大学生の頃は西宮球場がまだあり、球場のある南側はとても殺風景だったので、店が密集した北側と間違えることはなかったが、阪神・淡路大震災後にごちゃごちゃした古い市場が整理され、再開発ビル「アクタ西宮」ができ、西宮球場跡にイオンモールと阪急百貨店がくっついた巨大な商業施設「西宮ガーデンズ」ができ、オペラを上演できるホールを備えた「兵庫県立芸術文化センター」ができ……と、駅のまわりが続々と新しい建物で埋められてゆくにつれ、どんどん方角が分からなくなっていった。

 

しかし、ここではタコ焼きを食べるというミッションがある。小説に登場するカップルがここでタコ焼きを食べるからである。いや、その前に、どっかの通路から、どっかのビルの屋上にある鳥居を見つけなければならない。作中では、大学生の男子が気のある女子と仲良くなる口実として、通路から見える「ビルの屋上の鳥居」を「ちょっと妙な光景」として見せるシーンがあるのだ。

 

該当頁を読むと、明らかに西宮北口駅からアクタ西宮へ至る通路を指しているようである。とはいえ、アクタ西宮に至る通路はビルの2階の高さしかない。そこからビルの屋上なんて見えるかなあ、なんて思いながらキョロキョロしたら、あった。普通にあった。
(写真は、アクタの上階から撮ったものです)

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鳥居を見た娘は大興奮。
「ほんとにあった! あった!」と叫ぶ娘とともに、ビルが見えるエスカレーターを無意味に2往復してしまった。


ビルの屋上に鳥居があるのは珍しいことではないし、それをことさら珍しいもののように描くこのシーンには少々違和感を感じるが、ビルの屋上を眺めるのはわたしも好きだ。たとえば神戸には中国資本系のビルが多いので、神戸市役所の展望ロビーあたりから周囲を見下ろすと、屋上に中華っぽい意匠の祠?のようなものがあちこちに見える。神戸っぽいなあ、と感じる風景のひとつである。

近年屋上緑化が増えたとはいえ、オフィスビルの屋上はまだまだ殺風景なものが多い。そんな中、地上からは見えない屋上にあえてカラフルな意匠が施されているのを見ると、隠された愛を見つけたような気分になって、ちょっと嬉しくなってしまう。

 

興奮を少し冷ましてから、「フードコートのタコ焼き屋」を探してアクタ東館の方に行ってみる。
アクタにフードコートなんてあったっけなーと思いつつ、あるとしたら1階だと思いエスカレーターで下に降りるが、いくつかの飲食店とコープさんの食品売場しかない。もう一度2階に上がると、あった。コープさんの日用品売場の中に、唐突に小さいフードコートがあった。へええええ。知らなかった!

わたしたちは勇んでタコ焼き屋に駆け寄ったが、誰も店員はいなかった。

 

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なんそれ! めちゃ適当やな!(笑)

 

隣のお茶碗売場で「自分が使うとしたらどのお茶碗がいいか」を娘と話しながら10分少々待ったら、日本語が少々カタコトの店員さんが戻ってきた。外国人スタッフがタコ焼き焼くのか〜と妙なところで感動。一皿250円。おいしかったです。

 

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念願のタコ焼きを食べながら、改めて店内を見渡してしみじみした。

まるで古い商店街のような雰囲気ではないか。

 

わたしの学生時代、まだアクタ西宮はなかった。ここら一帯は古い商店がごちゃごちゃに並んだ「戦後」みたいなエリアだったのだ。アーケードのある公設市場があり(市場といっても卸ではなく小売市場である)、しかし、八百屋や肉屋のようないわゆる市場らしい商店は軒並みシャッターを下ろしたままで、かなり寂れた雰囲気だった。その暗い通りの奥には「隠れ家」的なアジアン居酒屋があって、ちょいちょい友人たちと訪れた。店内には各国の雑貨が所狭しと並び、水槽には熱帯魚が泳いでいて、元バックパッカーといった風情の店主がいて、いつも大学生で賑わっていた。

こういう店も、こういうエリアも、いつかなくなるのだろうと当時から漠然と思っていたけれど、その後すぐに阪神・淡路大震災がこのエリアに壊滅的な被害をもたらすことになるとはもちろん想像していなかった。

そして震災から6年を経た2001年、地域再開発でこのビルが建った時には、あまりの風景の激変ぶりに驚いたものだ。しかし、今ではそのアクタ西宮が既に古びて、古い商店街みたいな雰囲気になっている。

 

タコ焼きを食べ終えたわたしたちは西館にも行き、ジュンク堂書店に『阪急電車』が置いてあることを確かめ、無印良品で靴下を買い、また駅に戻った。

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(つづく)

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

 

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(7)門戸厄神駅という欧風概念

東園駅から隣の門戸厄神駅まではすぐやし、歩く?

という提案は娘に即座に拒否され、また1駅ぶん電車に乗る。門戸厄神駅の改札は西側にしかないと思っていたが、東側にも小さな改札があった。こんなんあったっけ?

 

駅を出ると、すぐ横の踏切のところが五叉路になっている。

厄除けの神様として名高い「門戸厄神」は駅の北西方面。そちら側には田園風景が広がっているので、これまで降りた駅の中で、最も駅前の風景に開放感があるというか、平野っぽい広がりを感じさせる。

 

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踏切の脇には西国街道を示す看板が立っている。

いわれてみれば、この風景はとても街道っぽい。大名行列も似合いそうだ。

 

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線路を斜めに横断する旧西国街道と並行するように、ここから少し南に下ったところを国道171号線(いないち、と呼ぶ)が通っている。車の通行量がとても多いいわゆる幹線道路である。

門戸厄神あたりはのんびりした田舎の雰囲気が漂う静かな住宅エリアなので、道を歩いていていきなり171号線にぶつかると、いつも唐突な気がしてびっくりしてしまう。この道路で空気がガラリと変わるからだ。この171号線がひとつの結界となって、宝塚から門戸厄神までの、小説『阪急電車』に描かれているような「北今津線らしさ」を守っているような気がしないでもない。

 

ところで、門戸厄神駅のことは一般的に「もんど」と略するのだが(多分)、それを聞いた娘が「『もんど』はおかしいやろー。日本語に聞こえへん」という。確かにちょっとフランス語っぽい。もんど。MONDE。

大学の最後の方の時期の彼氏がこの駅の近くに住んでいたので、わたしはこの駅で降りる機会も多かったのだけど、このあたりの田園風景の中には「ダイドーメゾン」と大書したマンションがいくつも建っていた。そのオーナー会社のビルもあって、そこにも「DAIDO」とでかでかと書かれていたように思う。「もんど」と「だいどー」。

だから何? という感じだけど、わたしの中ではすごくこの響きがシンクロしていて、「もんど」は「やくじん」とは切り離され、異国的な響きのエッセンスが入った欧風の概念になっている。何言ってるかよく分かりませんね。

門戸厄神に住んでた彼氏とは大学を卒業する前に別れてしまったのだけど、わたしもなにか「討ち入り」みたいなことすればよかったかなー。

 

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ちなみに、次の西宮北口は略して「にしきた」なのだが、最近は「きたぐち」という呼び方が多数派なのだと友人から聞いた。本当だろうか? 西宮北口の重心は明らかに「西宮」の方にあるのに、ただ「北口」なんていったら新宿北口みたいではないか。とはいえ、地名の一部として替えのきかない「西」と、無機質に方角を指しているにすぎない「北」を同等に並列する「にしきた」という略称がぴったりきているとも思わない。そもそも「西宮北口」って名付けが間違っている。「阪急西宮」でよかったのに。でも西宮北口は、いくら発展してもこの名前のおかげで「阪神間の一結節点」的な引いたポジションでいられる感じがあって「いやいや、発展とかめっそうもないっすよ〜。全然三宮とかをおびやかすつもりないですから〜」みたいな舎弟的空気感の演出になってる気もする。しかし実は三宮が気づいていないうちに裏の番長みたいに阪神間の実権を握っているのだ。

 

ともあれ、暑かったので、駅の裏手のファミリーマートで、熱いミルクを入れて溶かして食べるタイプのフラッペを買ってイートインスペースで食べた。期間限定のスイカ味。写真を撮るのは忘れてしまったけど、おいしかった。スイカバーと同じで、チョコの種が入ってるんですよ。

 

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(つづく)

 

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(6)甲東園・上ヶ原の見えない新幹線

東園駅今津線で最も学生の乗降が多い駅で、わたしも学生時代に頻繁に利用した。

 

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この駅から坂を上った高台「上ヶ原」には、背後の甲山を嫌味なほど見事に借景にした関西学院大学のイキッたキャンパスがある(アメフト問題で有名になったから広く知られるようになった通り、かんせいがくいんだいがく、と読む)。周辺にも関学附属中高や県立高校など学校が多いので、線路の両側に細い道路と建物が迫った狭苦しい甲東園駅の平日の朝はひどく混雑する。

 

私の学生時代は、線路の両サイドに東西の改札があり、学生の波は道路にそのまま吐き出されていた。駅前には投げやりな雰囲気の殺風景な空き地があり、ここにいつも阪急バスがぎゅうぎゅうに停められていて、学生たちはドアが開いているバスから順番に乗車して座っていく。すると、学生を積めるだけ積んだ時点で、どこがバス停かもはっきりしないカオスな空き地からバスが順番に発車して坂を上っていくのだ。

 

現在では駅の改札は、線路をまたぐ2階フロアに集約され、乗降客は空中通路で道路を横断できるようになっている。

線路の東側に壁のようにそびえていた古びた団地はなくなり、西側には西宮市役所の出張所などが入った駅ビルが建ち、バス用の車庫も駅から少し離れた場所に新たに設置されたようだ。バスのルートも駅前を迂回するようになり、駅前の風景は当時よりずいぶんとすっきりした。

 

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ま、わたしは貧乏学生だったのでバスなどには決して乗らずに坂は徒歩で上った。そして、仁川の坂を上りきったところにある大学の裏門の近くのハイツに入居するようになってからは、部屋の玄関から大学まで走って50秒ほどで到着できるようになったので、混雑した朝の駅とは縁がなくなった。

甲東園から関学に至る通学路沿いは緑豊かな瀟洒な住宅街だが、大学キャンパス西側の「上ヶ原」と呼ばれる一帯は、当時、ネギ畑が連なるのんびりした田園風景が広がっていた。その中に点々と風呂トイレ共同の古い下宿があり、わたしよりもっと貧乏な男子学生はみんなその辺りに住んでいた。が、1995年の阪神・淡路大震災の後、そういう古いタイプの下宿はずいぶんなくなったと聞く。

そういう下宿に遊びにいってテレビを見ていると、時折ブッブッとノイズが入る。ある時、その部屋の住民である友人に「なんなんこのブッブッってやつ」と聞くと、「あー、新幹線が通ったんやなあ」と教えてくれた。上ヶ原の地下には新幹線のトンネルが通っていて、そこを新幹線が通過するたびに、その上に建つ下宿に電波障害を与えるのだそうだ。

大学のときに新幹線なんてほとんど乗ったことなかったし、身近に感じたことも一度もなかったが、実はやつらは風景から隠された地底をひっきりなしに行き来していたのか……。と、すごく不思議な気分になったことをよく覚えていて、いまも新神戸−新大阪間のトンネルを新幹線で通過するときにふと、この頭上にたくさん学生がいるのだろうな、と考えることがある。

 

(つづく)

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

 

 

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(5)仁川駅のメイド服

仁川駅は、宝塚市と西宮市の境界に位置する駅で、駅のすぐ横を流れる仁川の右岸は西宮市、左岸は宝塚市である。

しかし、川をはさんで両側に「仁川」という地名があって、わたしが住んでいたのは西宮市側の仁川だったのだが、宝塚側にも仁川があった。で、仁川RIVERそのものはどっちの市に入るんだろうか。わたしは知らない。

娘によると仁川駅は小説のなかではまあまあないがしろにされているようで、登場人物の彼氏が、仁川駅のすぐ近くにある阪神競馬場でよく馬券を買ってた、ぐらいの登場の仕方であるらしい。

阪神競馬場といえば、わたしは大学時代に仁川駅近くのローソンでバイトしていたので、競馬がある日はおっちゃんたちに350円の競馬新聞を売りまくった。『じゃりン子チエ』のてっちゃんみたいな感じで、ほんまにまじに赤エンピツを耳にはさんだおっちゃんが次々に来店して、普通の新聞みたいなざら紙じゃない白くて厚手の紙に細かい数字や記号を暗号のように印刷した新聞を奪うように買っていくのだ。競馬の日は新聞もおにぎりも売り切れる。釣り銭もよくなくなって、なくなったら隣のローソンまで両替を頼みにいく。徒歩ですぐのところにローソンが並んでるって、まあまあ頭がおかしい感じだが、なにしろ、競馬場に面した県道中津浜線は、わたしたちローソンバイトが「ローソン通り」と呼んでいたほどローソンが多かったのだ。今はどうなってるかしらんけど。

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仁川駅の改札は、駅のこぢんまりとした規模に不似合いに広い。もちろん、競馬開催時に殺到する大量の乗客を効率よくさばくためである。この改札のすぐ先に、競馬場に直結するらしき地下道がある。わたしが住んでた頃はこんなのなかった。こんなのができたら、もうわたしがバイトしてたローソンの前なんか競馬客が通らないやろうし、商売あがったりやなー、というか、もうないやろな。あのローソン。

競馬場を見にいってみる? と娘に聞いたら「別にいい」というので、地下通路の馬のキャラクターの前でUターン。仁川に沿って坂を上る風景がわたしはとても好きなのだが、暑さでバテていて長く歩ける気がしなかったので、駅のすぐ裏の弁天池公園でひとやすみすることにする。

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弁天池は、風景の中に唐突にあらわれる、住宅地の中にあるにしては不自然なほどバカでかい池で、濁った水の中に鯉や亀がいる。きれいに手入れされた花壇には色んな花も咲いている。木陰のベンチに腰を下ろすと、すぐ背後を通る線路を時折電車が通過する以外は驚くほど静かで、風が葉を揺らす音、雀がガサガサしたり虫が飛んだりする音など、生き物が出す音しか聞こえない。池の向こうには、冗談みたいにまあるい姿の甲山が見える。

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池のぎりぎりのきわまで住宅が迫っている。自宅の勝手口を開けたところにこんな池があったら楽しいだろうな、とぼんやり考える。蚊がひどいかもしれんけど……。

 

日差しは暑いが、木陰に吹く風は涼しい。体力がじわじわと戻るまで池を見ながらぼーっとして、また駅に戻った。

 

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駅に戻るも、電車はさっき出たばかりなので、しばらく来ない。

仁川駅のホームからビゴのパン屋の緑の看板が見えた。私が大学生のころは、あの店はビゴではなくローゲンマイヤーだった。私はここでもバイトしていたことがあるのだ。

山小屋風の店構えも可愛かったが、店員の制服も可愛くて、レースのカチューシャにレースのエプロン、というメイド服みたいなものだった。今ではとても着られないけれど、当時はそれなりに似合っていたようにも思うし、その制服に着替えるのはコスプレみたいで楽しかった。貧乏学生だった私は、毎日売れ残りの生クリームたっぷりのパンやケーキを持ち帰らせてもらっては、主食のように食べていたので、けっこう太った。あのバイト、なんで辞めたんだったかな。このままだと太りすぎる、と危機感を感じたんだったかな。

 

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とにかく大学時代は堅いやつから柔らかいやつまでいろんなバイトをした。

コンビニでしょ、パン屋でしょ、家庭教師でしょ、カウンターレディでしょ、ホテルの宴会係でしょ、あと、テキ屋っていうのもあったな。工場の瓶詰めバイトもしたし、ライター仕事をちょっとかじったし、カーナビの地図を作る情報を集めるための実走スタッフのアシスタント、などという妙なのもあった。一瞬だけパチンコ屋っていうのもあって、これも今津線沿線での話なので、あとでちょっと出てくるかもしれない。

当時は景気がよかったから、授業のない時間に適当にバイトしてるだけでけっこう稼げた。就職に関しては目の前で氷河期が到来したから全然おいしい思いはしてないけど、それでも今みたいないろいろ厳しい時代ではなかった。

仁川の風景は当時とほとんど変わってないけどね。

 

(つづく)