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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

年越しの風景

大晦日に70歳を超えた父母が住む実家に、久しぶりに夫、娘と家族揃って帰省した。
姉は結婚しておらず子供もいないので、彼らの孫は、私が産んだ1人娘だけである。
たった1人の孫を両親ともに大変可愛がってくれるので、私は学校が長期休みに入るたびに、これ幸いと娘を1人で長く預けて息を抜くことにしているため、娘は、自宅から電車で2時間半はかかる場所にあるこの家の事情に私より遙かに通じている。父は、1日に1度は仏壇の前で朗々と浄土真宗のお経「讃仏偈」を唱えるのを日課にしており、娘は既に“こうげんぎーぎー”から始まるこのお経をほとんど暗誦しているほどだ。

出発した時間が中途半端だったのでお昼御飯を食べ損ねて空腹だった私たちに、母はできたばかりのお節料理を皿のままで食卓に並べて「食べ食べ」と勧めた。「お節料理やから今食べたらあかんやろ」と言うと「そんなもん今日食べても明日食べてもおんなじやから」と笑う。では遠慮なく、と高野豆腐を炊いたやつや、黒豆、昆布巻きなどをつまんだ。実際のところ母の煮物は絶品で、いつものように本当においしい。高野豆腐なんて、何度も炊くところを見ているから、私も同じように炊くのだけれど、どうしても母のように「なじみきった」味にならない。ビールの缶を開けたところで、母が突然言う。「田端のおっちゃん、実は今あぶないねん」。

田端のおっちゃんとは、母の従姉の夫にあたる人物だ。数年前から大腸癌を患って入退院を繰り返していたと聞く。近所に住んでいるよしみで昔から行き来の濃い家だったから、私もそのおじさんのことはよく知っている。なんでも数日前に心筋梗塞の発作を起こし、救急車で病院に運ばれて一命はとりとめたものの意識が戻らず、人工呼吸器につながれたまま昏睡状態に陥っているのだそうだ。「正月にえらいことやで」と母は物思わしそうに嘆息をついたが、その後父が席を外した隙に、「おばちゃん、こないだからしょっちゅう電話かけてきて、病院に送ってくれとか、迎えにきてくれとかゆうてきてかなわん。お父さんがしょっちゅう世話しとんやわ。今日と明日はさすがに年越しやから、送られへんでって釘さしといた」と愚痴ることを忘れなかった。母と田端のおばちゃんは仲のいい従姉だが、3歳年上の彼女は、ちょっと「ずうずうしい」ところがあり、母としては何かと気に障ることも少なくないようなのだ。送り迎えの世話をしているのは母ではなく父なのだし、当の父は嫌な顔を見せずに面倒を見ているのだから、母がことさら文句をいう筋合いはないようにも思うが、父が動き、母が愚痴る、というのは長年の両親の役割分担だ。生真面目な父が表だってはいえない愚痴を母が代行している面もあるのだろう。

父は新年を迎えて6度目の年男。酒もタバコもやらず、腰が軽く、いつも何かしら動いていないと気がすまないような人のため、高血圧どころか低血圧を医者から指摘され、メタボとは無縁。世の高齢男性とは逆をいっており、健康的というよりむしろ戦後すぐの貧困少年を思わせる痩身を保っている。70歳を超えても1人で車を運転してどこへでも出かけ、高速道路のパーキングに車を停めて夜明かしをしたりする。退職してから時間ができたからといって、数年前から築30年ほどになる自宅のリフォームに精を出し始めた。家の壁を塗り直したり、フローリングを敷きかえたり、手すりをつけたりするまでは皆が静観していたが、果てに「トイレの増設」という、普通のDIYのレベルを大きく超えた工事まで1人でやってのけた時はさすがに家族も驚いた。(つづかない)