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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

『Coming Out Story〜カミングアウトストーリー〜』

映画

[2011年/日本/60分 監督:梅澤圭 出演:土肥いつき、米沢泉美、阿久澤麻理子]

 

十三、シアターセブン『Coming out story』を観た。
よかった。すごく、よかった。

MtoFトランスジェンダーの土肥いつきさんを中心に、周囲の人々を含む日常を追うドキュメンタリー。スタートの場面はJR京都駅。JR西日本の停車メロディと登場人物の関西弁が日常的すぎて、上映が始まった瞬間、自分もスクリーンの中にいるような、登場人物と古くからの知り合いだったような気分になる。

タイトルに「カミングアウト」とあるけれど、劇的なカミングアウトシーンが山場になっているわけではない。土肥さんは一般的な意味ではとっくにカミングアウトをすませており、職場である京都府立高校で“男装”することなく教師として働いている。彼女が数学の授業を行う教室や、顧問を務める放送部の部室の中にも、カメラはごく普通な調子で入っていき、その中で、いわゆるセクシャルマイノリティについて土肥さんが語るわけでも、生徒たちがそれに関連づけて先生のことをあれこれ言うわけでもなく、ただ単純に教師として生徒に慕われている様子が伝わってくる。途中、彼女が講師を務める人権セミナーの映像がインサートされており、そこでは今に至るまでの道のりが笑いを交えて軽妙に語られている。その明るく軽やかな一言ひとことに、その背景にどれほど多くの逡巡と苦悩があったかと思いを馳せざるを得ない重みがあってグッとくる。

終盤、自らの性アイデンティティに迷いを持つ青年が、ずっと心に封印していた女装欲求を少しだけ叶え、そのことについて土肥さんと語り合うシーンがあるのだが、ここが圧巻で、もうここは泣くしかない。人生のデザインをこれから始めようかという若者と、長く闘うことでひとつのカタチをつくりあげてきた大人との対峙。「この道は素敵だから後に続け」とは決して彼女は言わない。プライベートな自分と、パブリックな自分と。どのあたりでそのバランスをとることが本人や周囲にとって一番幸せで適切なのかは本人にしか分からない。

土肥さんの友人が「ジェンダーとは結局他者との関係性でしかない」というようなことを言うシーンがあり、それを示すように、この映画には、映画の進行に合わせて、登場人物、監督、スタッフの性意識が変容する様子も記録されており、観客としても、あると思っていたボーダーが溶けていく感覚がある。実際のところ、社会の中で性を分かつ壁や溝とは一体何なのか。そんなのはもっと曖昧でいいと思うのだけど、映画という枠の外に広がる現実世界には、やはりいろんな壁や溝は厳然としてあるのだなあ、というやりきれない気持ちと、考えていこう、という前向きな気持ちと。

余談だけれども、この日はたまたまレディース・デー。チケット売場で新人風のスタッフに「1200円です」といわれて1200円を出そうとしたところ、隣のスタッフが「レディースデーだから1000円やで」と注意したため「あ、すいません1000円です」となり、200円安くなった。フレアスカートはいてたけど、女に見えなかったのかもしれない。映画が映画だけに、そうだとしたら面白い。レディースデーの割引料金が適用されるかどうかは見た目だけによっているはずだから、ああいう映画をかける映画館として、どう運用するのかは難しいところだったりするのだろうか。

写真は阪急十三駅のトイレ表示。男女の間に壁がある。

 

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写真