うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

『まるでダメ男じゃん!「トホホ男子」で読む、百年ちょっとの名作23選』豊崎由美

 

 

メッタ斬り書評家・豊崎由美さんの新刊。
ここ100年レンジぐらいで、「ダメ男」が登場する東西の名作小説を23作集め、ダメ男鑑賞目線で味わいどころを解説する、著者いわく「感想文」。ふだんの書評のようにネタバレには配慮していない、とのことで、あらすじをものすごい勢いで紹介する手際も実に鮮やか〜。

このうち、私が読んだことがあるのは『カラマーゾフの兄弟』『トニオ・クレーゲル』『グレート・ギャッツビー』『岬』『存在の耐えられない軽さ』の5作品のみ。まあしかし、見事にどれも内容しっかり覚えてないもので…。私はカラマーゾフの兄弟ではイワンが好きだし、トニオ・クレーゲルも大好きだし、なんしか鬱屈したインテリ男キャラに惹かれる凡庸な女なんですが、トヨザキ先生にかかるとイワンはこの通り。

こういう頭がよくてプライドの高い男って、やっかいなんですよねー。絶対に傷つきたがりませんから。(中略)頭の中であーでもないこーでもないとひねくり倒してる時間があるなら、少しは動け。でも、動かないんですよ、こういう男は。選挙にも行かないんですよ、こういう男は。合コンでも自ら動かないんですよ、こういう男は。(中略)ちっちぇーなー。ちっちぇー男だなあ。カラキョーの中で一番つまんないキャラクターだと、トヨザキ思う次第です。そんなことだから、他の登場人物とちがって、愛称ひとつつけてもらえないんですよ。

 


トニオ・クレーゲルもこの通り。

ま、要は、若き芸術家の肖像小説の代表と思っていただければよいのです。つまり、感受性の強い自意識過剰な青年が、あーでもないこーでもないと、ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ、いつまでも思い悩む小説。/実際うざいんです。マンのタイトルヒーローは。

 

三十歳もすぎてるのに、呆れかえるほど成長しない男としか言いようがありません。

 


こういうキャラクターが好きな私ですら爽快としか思えないすがすがしい斬られよう。でもグズグズした人はグズグズしてるところがアイデンティティなんだから許してあげてほしいな。トヨザキ先生の好きな『坊っちゃん』も、結局は少年マインドを保持しているところが魅力なんだし。明るい生まれつきはいつまでたっても保持していいのに、暗い生まれつきは成長により克服しなきゃいけないなんてこと、ないよね。いくら成長したって、奥底のアイデンティティ部分なんてそうそう変えられないものだもの……。坊っちゃんは同じダメ男でも、ハンスやインゲボルグの側の人だから私にとってはなんだか眩しすぎる……。

もちろん、斬りつつも愛があるのが豊崎さんの書評の魅力で、森鴎外の処女作『舞姫』の主人公・太田豊田郎を「右顧左眄の優柔不断人間」「性欲にまかせ、結婚してもいない十代の少女を妊娠させる無責任男」「気がふれた恋人を、ささやかな慰謝料と共に置き去りにする酷薄者」「つまり、サイテー。エリート系ダメ男の見本のような人物」とメッタ斬りにしつも、その「無駄な描写や説明を廃し、テンポよく進んでいくストーリー展開のスマートさに瞠目。音読すると唇に心地いい文章の小気味よさに破顔」し、声に出して読むべき傑作として激賞することを忘れない。
また、「ダメ男」という観点からはこの本に入れ込むのは多少無理がある『にんじん』を「児童虐待の名作」として愛を込めて強く推す。
でも私、『舞姫』はともかく『にんじん』は読むの無理だな。お母さんに子どもがあんなことやこんなことをされるなんて……。とても辛くて直視できそうにない。


しかし、ヴィトルド・ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』とか、藤枝静男『空気頭』とか、世の中にこんなファニーな小説があったんですか! と驚くような作品も紹介されていてビックリだし、

ふくらはぎ、ふくらはぎ、ふくらはぎ、ふくらはぎ、ふくらはぎ
『フェルディドゥルケ』

 

その夜、私の精神と陰茎は喜びの声をあげて踊り狂いました。もし陰茎に口があったら鼻唄をうたったかも知れません。
『空気頭』

 

(え、鼻じゃなくて口があったら鼻唄をうたうのか……)


『アメリカンサイコ』とか『ガラスの動物園』とか、タイトルは聞くけど、そういう話だったのか、と改めて読みたい小説も見つかるし、読書ガイドとしても素晴らしい。

まあ、しかし最高だったのはやっぱり、西村賢太の『どうで死ぬ身の一踊り』の主人公発するセリフ〈黙れ、経血!〉ですね。これは読まないとね。

それにしても、かなり衝撃だったのは終章でのトヨザキ先生自身のダメぶりの披瀝。
「五十二歳にもなって○○を○○○てもらって、あまつさえ○○て○○○もらっている独り身女」って、結構すごい。さすがと言わざるを得ません。