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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

オリーブはどんなハシゴを外したのか

雑誌 ジェーン・スー先生

未婚のプロ、ジェーン・スーが語る『オリーブ』の呪いの件。

 

ジェーン・スーが語る 雑誌『オリーブ』の呪い


そうかー。ジェーン・スー先生はオリーブ少女だったんですね。
大好きなジェーン・スー先生だが、この回は聞いててモヤモヤした。

だいたい、オリーブ少女ってある種のエリートだと思うんだよなあ。
私も80〜90年代に青春を過ごした世代だから、年齢的にはオリーブ少女になっててもおかしくなかったかもしれないけど、私が生まれ育った奈良の片田舎にはオリーブを解読するコンテクストがそもそもなかった。服を買おうと思ったら、近所の「ニチイ」の衣料品売場一択だったんだから“チープシック”以前の話で、そんな環境に住む女子にとっては「都会を離れて、/オリーブ少女の/田園大好き!!」なんてキャッチコピーが躍るオリーブは難解すぎる。
だから一度も読んだことなかったし、周囲で読んでる子も見たことなかったし、自分が読むものとして想定したこともなかった。当時読んでた雑誌といえば、エロ雑誌に堕ちる以前の「popteen」とか、ちょっとスピ系の香りがする「Lemon」とか、背伸びしてせいぜい「Seventeen」とか。いずれもヤンキー風味が入った大衆ファッション誌で、田舎者の私にはそれぐらいしか解読できなかった。オリーブを楽しむには教養がいる。都会的・文化的な生活基盤がいる。メッセージを受け取れる人があらかじめ選別されている。

ジェーン・スー先生は、そんな都会的・文化的生活基盤をふまえて都会的なコンテクストを解するオリーブ少女として思春期を過ごし、すくすくと主体性を育んだ結果、長じてクリエイティビティあふれる仕事を持ち、主体性を持つたくさんの面白い女ともだちに恵まれ、相当面白い人生を歩んでいるわけなのだけど、2014年に突如Ginzaの中に復活したオリーブ特集に、そのような生き方を否定するような記述は全くない。それなのに、なぜ「ハシゴを外された」という感想につながるのか、元オリーブ少女でない私には分からない。

ハシゴを外されたといえば「クロワッサン症候群」を想起するけれども、あれは自由を謳歌するライフスタイルがクロワッサン誌上でもてはやされていた桐島洋子が突如年下の男性と結婚したからこその「ハシゴを外された=裏切られた」感ってことだよね、多分。確かにクロワッサンもマガジンハウスだが、オリーブは果たしてそんなふうに読者を裏切ったのだろうか。

私はリアルタイムでオリーブを全く読んでなかったせいか、GINZAのオリーブ特集に「ハシゴ外され感」を味わうこともなく、普通にジ〜ンとして、ちょっと涙ぐんだな。17歳のころは全くキラキラしたところのない人生で、大人になることに対して不安しかなかったけれど、実際に大人になればなるほど人生の自由度が増し、曲がりなりにも好きなことをして楽しく暮らせるようになったという事実のありがたさに、体のどこかに残っている17歳ぐらいの私の精神がそっと触れ、なにかものすごくキュンとしてしまったのだ。実際に17歳だったころに、直接オリーブからそんなメッセージを受け取っていたら、今の私は何か変わっていたのだろうか。

そして「チープシックを爆走した結果、Nissen女になった」という発言は、本人も「完全に言いがかり」と言っているわけだが、本当にそれは言いがかりすぎる(笑)。チープシックをいくら極めても、そのゴールにNissenは絶対にないし! いくらなんでもおしゃれを冒涜していないか。
「モテるより楽しいことがある」というオリーブからの提案はひとつじゃなかったはずで、たとえば「おしゃれ」とか「旅」とか「仕事」とか「文学」とか「アート」とか? それら多種多様な提案の中から、「おしゃれ」を選んで爆走した人は、5万10万のスカートが載ってるGinzaを好んで読むだろうし、5万10万のスカートも買うだろう。そしてそれらの勝負服にユニクロやザラを組み合わせた「チープシック」も実際ばんばん実践してるだろうと思われる。奇しくもGinzaの同じ号に“How much do you think this is?”っていうチープシック特集もあったしね。ジェーン・スー先生は高いスカート買わなくても人生楽しいのだし、Nissen女であることを恥じるような発言をする必要なんて、全くないではないか。独身のプロを標榜するジェーン・スー先生のPTSDって、一体何なんなんですか。


そういえば「CREA」6月号のコラム「今月の踏み絵」で、ジェーン・スー先生はこんなことを書いている。

30代前半までは、巷のどの服を着てもまあまあ見られる。それが30代半ばを過ぎた途端、鏡の中の自分に違和感を持つようになります。
 例えば、ファストファッションを着ると、テキメンに貧乏臭く見えるようになる。ボロは着てても心は錦とはいかず、意気込みだけがFOREVER21の大惨事!
(中略)
 中年は服装で人となりが判断されますから、ドン臭いオバサンと認識されたくなければ、体を鍛えるか、そこそこ値の張る服を着るしかありません。

 
Nissen愛を公言しているジェーン・スー先生の書いたものとは思えない。明るく面白く書いてはるけど、実は「おしゃれ」をめぐる結構根深い悲しみがあったりするのだろうか。