うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

維新派「透視図」

現在公演中、維新派の野外公演『透視図』を中之島GATEサウスピアで観た。

 

2014年公演「透視図」特設サイト


知人が出ると聞いて、面白そう、と思ってチケット買ったものの、維新派は見るの初めてで、何の予備知識もなかった。屋外ステージを公演の都度手作りしているとか、役者を全員白塗りにするのがデフォルトだとか、芝居というより半分は舞踏だとか、そのあたりも全然知らずに見たので、結構衝撃的だった。

舞台が置かれた「中之島GATE」は、土佐堀川堂島川が合流し、さらに安治川と木津川に分岐するジャンクションのような場所で、客席に座って堂島川の上流方面を望むと、その先に梅田のビル街が見える。維新派主宰の松本雄吉さんは、公演パンフレットの中で、今回の場所についてこう語っている。

今回選んだ場所は、いろんな川が合流して、ちょっとクラクラする地形の所なんです。夜になると、梅田の北ヤード辺りの夜景がバーンと見えるけど、それがすごく蜃気楼都市というか、虚構っぽく感じられる。都市を批判的に見たり、都市論を考えるにはもってこいの場所だと思います。

http://lmaga.jp/blog/news/gataro___fry.jpg

http://lmaga.jp/blog/news/gataro___fry.jpg



それが、この美しいフライヤーの写真なのだけど、砂上の楼閣ならぬ、水上の楼閣。幻想的で、嘘くさく、脆そうで、すごくもの悲しい。そう、上田正樹以前から、大阪の海は、水景は、ずっーと「悲しい色」やったんですよ。私、大阪に住んだことないけど、知ってる。関西に住んでいる人はみんな、大阪が一番深い悲しみをたたえてる街だということをよく知ってるはずだ。そして、もちろん寒い。コートは持って行っていたけれど、あと毛布と手袋と、できればカイロも必要だった。寒さと空腹に耐えながらの2時間。はっきりいって苦痛だったが、その苦痛が絵の美しさを倍加するという効果は、確かにあった。劇中にも「南の島から大阪に来た」とか、「海から都市に入った」というようなセリフがあったが、まさに客席は、海から都市をめざして入ってくる〝移民〟の視点に固定されている。物語がどこまで都市の深部に入っていこうとも、視点は余所者。まるで蜃気楼のようなビル群に、常にバーンと拒否されている。でも本当はあの中にも「内部」なんてないのだ。

この物語の主役は「大阪」という都市。戦前から今日に至るまでのさまざまな時代の記憶を、モノクロームの、あるいはセピア色の写真のような絵でとりとめもなく再現しながら、そこに現在の街の喧騒と混乱を重ね合わせ、徐々に厚みを増していく。

とはいえ、なんか価値観が古くさい感じは否めない。公演パンフレットに書かれている「ハイフンやドットコムなどのネット用語をたくさん出したり、役者たちにハンドルネームを考えてもらったものそのためです。ハンドルネームって、その街のイメージや、生き方のイメージを代弁してるんじゃないかと思うんですよ」という感覚がもう決定的に古いというか。

ただ、影法師みたいに匿名性の高い存在と化した役者団が、反復に反復を重ねる動きを繰り返すのを見ているだけでも瞑想を誘う効果があり、30人以上が舞台上で同時に動いているにもかかわらず、どの瞬間も静止画として美しいことの迫力はすごい。で、背景には、明滅する街の灯り。橋を渡る車。すぐ横を通り過ぎる船とゆらめく水面、ですからね。時空のトリップ、無意識へのトリップとしては十分に濃い2時間だった。

さらに、私の場合、個人的にちょっとノスタルジーをかき立てられる事情があった。セリフには、浚渫船、渡し船、土左衛門……といった昭和の運河労働者を想起させる単語も結構出てきていたのだけど、うちの祖父も奈良の山奥からこのあたりに一時期出稼ぎに来ており、物流関係の労働者をしていた時期があったことを母から聞かされていたりしていたからだ。お金に苦労した人だったと聞く。私が10歳のころに亡くなったが、いつも身を小さくして目立たないようにしていた姿の記憶しかない。私の手元に、その祖父の形見の英和辞書がある。英語、勉強してどうするつもりだったんだろう。
劇中、地形を説明するくだりで「東に見えるのは生駒山。東は奈良。奈良からトンネルをくぐって大阪に来る」というようなセリフがあって、なんかちょっとここで、ちょっとだけ泣きそうになった。