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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

MAD&MUDDYな映画の日

映画

朝からジョージ・ミラー監督『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を、午後からアレクセイ・ゲルマン監督の『神々のたそがれ』を観た。どう考えても濃すぎる組み合わせ。1日で見るの間違ってるよなあ。どっちも面白くて、全然タイプの違う映画だけど共通点も多かったよ。たとえば「狂ってる」「泥まみれ」「人がよく死ぬ」「暴力的」「顔に油塗ったりする」「貞操帯をつけられた女の描写がある」……。映画を2本ハシゴしたからといって、まさか1日に2度も女が貞操帯を外すシーンを見られるとは思わなかった。ま、そんなに見たいものでもないけどね。



マッドマックス 怒りのデス・ロード』
[監督:ジョージ・ミラー キャスト:トム・ハーディー、シャーリーズ・セロンニコラス・ホルト、ヒュー・キース=バーン、ロージー・ハンティントン=ホワイトリー

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http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/


アクション、アクション! カーチェイス、カーチェイス! バイオレンス、バイオレンス! な予告編を見ても特に私として萌えるポイントはないはずんだけど、なんだかそんな男子ヒャッハー映画にも関わらず、いい感じに女性が活躍してフェミ的にも見どころが多いらしいやん。周囲でも女性が続々と観に行っていたので興味をそそられて3D字幕で鑑賞。めっちゃ面白かった。私、バイオレンスシーンに対する耐性が少しはできてきたかもしれない。ただこれ2Dでよかったな。立体感がちょっと邪魔というか。そもそも画面内の情報量過多なので、立体感まで出てくると煩雑すぎて。


核戦争で汚染され、見渡す限りの砂漠が続く荒廃した大地。暴力だけが支配する無法地帯で、水やオイル、食料などわずかな資源を握った権力者による恐怖の独裁体制が敷かれている近未来を舞台に、女戦士・フュリオサ(シャーリーズ・セロン)と元刑事の囚われ男・マックス(トム・ハーディー)は自由と希望を取り戻すことができるのか!?
延々イカツイ車だらけの激しすぎるカーチェイスとアクションが複層的に華やかに繰り広げられる中、敵と味方が入り乱れて撃つわ刺すわ振り落とすわ轢くわで何が行われているのかとてもじゃないが全部は把握できないけれど、その混乱に身を任せているだけでも興奮できる。どーやって撮るの、あんなの。ホント、どういうふうに言葉にしていいのかよくわかんなかいけど、観た人はみんな『ライムスター宇多丸のウイークエンドシャッフル』のpodcastを聞けばいいんじゃないかな。すごく詳しく的確に解説してくれてるし、番組HPに掲載されている高橋ヨシキさんの監督インタビューも秀逸。

www.tbsradio.jp


インタビューでは作中のフェミニズム目線についても結構触れられていて、監督の真面目さが伝わるとてもよい内容。作中では敵のボスであるイモータン・ジョーの〝妻たち(実質は奴隷)〟の解放が大きなモチーフになっているのだけれど、その解放劇を牽引する女戦士の活躍に関して監督はこう語る。

その〈ワイヴズ〉の存在があるからこそ、女戦士が出てくる必然性が生じる。男であってはいけない。だって、「男が別の男から女を奪おうとする」というのでは話の意味が全然違ってしまうからだ。

おっしゃる通り! でも暴力が支配する世界で女であるフュリオサが将軍的な地位まで上り詰めた背景にはどんな想定があるのかはぜひ知りたい。革命を成し遂げた世界で女性がリーダーとして活躍できるのは分かるが、家父長制が温存された「暴力上等」の組織の中で、前線で体を張る役割を女性が果たしながら力のある地位に上るのは難しい。この物語が始まる前に、フュリオサとボスはどういう関係性を築いていたのか。ぜひ知りたい。スピンオフが見たい。

これ、お話だけを見るとナウシカなんだよね。闘いによって限られた資源を奪い合う世界から、育み共生する社会づくりへと変革をうながす女性リーダーの物語。でも、ナウシカには「王族」というお墨付きがあったけど、フュリオサは異郷の娘なわけだから。どうなんだろう、ほんと。監督はそのあたりも考えているっぽいんですが。

なにはともあれ面白かったし、シャーリーズ・セロンはほんまにかっこよかった。イモータン・ジョー、おじいちゃんなのに自ら車バリバリ運転してドンパチやりまくるパワフルさもすごいっすね。尊敬。神とあがめられるだけのことはあるわ。

 

 

★★★★ 追記(7月9日) ★★★★
上の感想の中で「主役」のマックスに一切触れていないことに今ごろ気づいた。私の中では完全にフュリオサ主役、マックスとニュークスは同じぐらいの重要度の脇役、という意識だったよう。当然のようにトップに借りた画像もわざわざマックス不在のものを選んでいたし。。。。マックスがフュリオサに今後の行動を進言するシーンなど「こいつ、分不相応にいいとこ持って行きやがって」と思ったほどであった。私のような部外者がこんな不遜な感想を書くなど、マッドマックスファンには申し訳ないな……。でも女を活躍させないことにはこの手のアクション映画が説得力を担保できない、という時代ではあると思う。もはや。