うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

サバイバルミッションを果たすスーパー働きマン『オデッセイ』[The Martian]

監督/リドリー・スコット、脚本/ドリュー・ゴダード、原作/アンディ・ウィアー、キャスト/マット・デイモンジェシカ・チャステインクリステン・ウィグジェフ・ダニエルズマイケル・ペーニャショーン・ビーンケイト・マーラ、セバスチャン・スタン、アクセル・ヘニー、キウェテル・イジョフォー 2015年アメリカ、142分

www.foxmovies-jp.com

 

面白かった〜!

予告編を見る限りでは、「これは『ゼロ・グラビティ』とそっくりなやつか!」と思ってたけど……というのはつまり、真空の宇宙空間での窒息感満載の閉所恐怖症的な追い詰められムービーか、と思ったのだけど、全然違った。

火星でミッション遂行中に事故に巻き込まれ、同乗のクルーには死んだと思われ、おいてけぼりくった人のサバイバルストーリー、という筋を聞くとやっぱりそっくりじゃんか、と思うのだけれど、ゼロ・グラビティの主人公である宇宙飛行士ライアン(サンドラ・ブロック)が、次々と起こるピンチに追われるように、常にタイムリミットが迫る緊迫した状況のなか、いわば状況に背中を押されて行動を繰り出していったのに比べ、オデッセイの主人公である宇宙飛行士マーク(マット・デイモン)は、このまま漫然と過ごしていては確実に死ぬ、という深刻だが緩慢に迫るピンチの中で、生存の可能性を論理的に検討し、少ない可能性を洗い出し、その方策を着実に実行に移していく。その際のきわめてポジティブな姿勢も印象的で、大きなミッションを果たさんとするビジネスマンの活躍を描く「お仕事ムービー」といった味わい。

植物学者である彼が火星の土にバクテリアや人糞を混ぜて植物を育ててみたり、静止画しか送れない通信装置で自分の置かれた状況をきちんと伝えるために16進法を駆使した図解装置を作ってみたり(…っていって、よくわかってないんすけどね、すんません)と、特に前半部分は宇宙感の薄い、どちらかというと牧歌的なサバイバル風景に心がなごむ。

いちいちちゃんとした科学考証がされているらしいものの、映画の中では説明が駆け足だし、正直よく分からなかったんだけど、このブログ↓で親切に説明されていた。わかりやすい!

www.jifu-labo.net


それにしても、マークのひとりぼっちの火星生活は火星暦で549日、地球暦で1年半にも及ぶんですよ! 原作小説ではかなり丁寧にマークの火星生活を描写することで読者がこの長々しさを実感できるようになってたらしいですが、映画では当然すべての物語を二時間少々にぎゅぎゅっと凝縮しなければならない都合上、エピソードがリズミカルに編集されすぎていて、この「長さ」があまり実感できなかったのは残念かも。しかし、1人で火星に1年半って確実に気が狂う状況ですが、マークさんは狂うことなくサバイバルにつながる仕事を毎日せっせと勤勉にこなす。驚くべきタフさにめまいがします。というか、ちょっと説得力はないけれど。

しかし、この救出計画にいったどんだけお金がかかったんでしょーか。日本だったら「自己責任」でスルーだったりして。「命には格差がある」という言葉が思わず頭をよぎります。ただ、現実のNASAがどうなのかは知りませんが、映画の中では、計画遂行にかかる情報がものすごく世間にオープンになっているのがすごいと思いました。火星とのいろんなやりとりが生中継で世界に放送されてるっていうね。でもそのおかげで中国からの支援も得られ、計画が座礁せずにすむわけです。世界レベルの集合知。情報はやっぱりオープンにしてナンボなんですね。

あと、こういうサバイバル映画を見るといつも思うのだけど、見捨てた方を悪人にしないために周到な言い訳が用意されていますよね。どう考えても見捨てた方に非がありません、助かった方もズルをしていません、と誰もが思う状況がきちんと説明される。もちろん、頭脳明晰かつ人格高潔で、厳しい訓練を積んだ徳の高い宇宙飛行士さんばかりの世界では、それが理の必然なのかもしれませんけども、生きるか死ぬかの極限状況で自分だけ助かろうとして他人を見捨ててしまうということは実際にはありそうで、あったとしても仕方ないじゃないか、と思うのだけど。

これが原作ですね。長編SF、読むと絶対に頭がよくなった気分になれるやつやな。読もうかな……。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

 
火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

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