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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

見晴らしがよい服

自分 雑記 ファッション

ひらひらとしたシルクのワンピースを着た。

クロスバイクで通勤しているので平日は基本的にパンツなんだけど、パンク修理を忘れていたのでここんとこ電車で事務所に行っている。自転車に乗らない日はふだんあんまり着られないスカートを優先的に履きたくなるのだ。このワンピースは、シーズン落ちのものをyooxで安く買ったから購入時に試着をしていない。というわけでめちゃくちゃ似合ってるわけではないんだけど、ボタンもファスナーもない、するんとかぶるだけのデザインで締め付け感ゼロだし、着ていてとても楽なので、ついつい選んでしまう服のひとつだ。上半身から腰まではまあまあタイトで、腰の下からフレアがひらっと広がる。裾はイレギュラーヘムになっていて、サイドはまあまあミニだけど前から見れば膝丈ぐらいの印象。歩くたびに裾が不規則に揺れて、素足に、ふわん、ふわん、と風が当たる。

家を出る前、玄関の全身鏡に自分を映した時は、正直あんまり似合ってないなーと思った。

いま、運動不足で体が緩んでいるのだけれど、その緩んだ体のラインを、この薄い生地は全くカバーしてくれない。お腹のポッコリも、二の腕のぷるぷるも目立つ。去年より「似合わなさ」が大きくなっている。いわゆる「年甲斐のない格好」だ。「うーん」と思ったけど、そのまま出かけた。

でもこの服には「楽ちん」以外にもうひとつの美点がある。着ている本人から見た「見晴らし」がよいのである。

歩きながら足元を見ると、なめらかで軽いスカートの隙間から、膝小僧が見え隠れする。交互にそこから差し出される脚からリズミカルにコツコツという足音が響く。私の脚は太ももがぽよぽよしていてみっともないのだが、ふくらはぎはランニングのおかげで割とバランスよく筋肉がついていて、そのまあまあマシな部分だけを、美化フィルターを通したように私にちらちらと見せてくれるのだ。お腹ぽっこりも二の腕ぷるぷるも私の視点からは見えない。脚にふわんふわんと当たるシルクの軽い感触で、ちょっと優雅な気分にもなれる。

こうして私は歩いているうちに、鏡で確認したダメな姿を忘れて、すっかりよい気分になってしまうのである。人から実際に見えているより、3割は美化された自意識で機嫌よく過ごすことができるのだ。年甲斐のない格好をしている私は、客観的に見てあまり見栄えはよくないだろうが、おかげで機嫌がいい女ではいられるわけで、そういう意味では環境に優しいのではないか。

それとは逆に、「似合ってる」と言われるけれど、自分からの見晴らしがよくない服というものがある。私の場合はストレートデニムがそれだ。上半身はコンパクトにまとめて、腰を落としぎみに履く。ショップで教えてもらったとおりに、裾を1回、ラフにロールアップする。かなり色落ちさせたライトインディゴは見た目も爽やかだし、パンプスをはけば足首の細さが強調されて、全身のスタイルをよい方向に偽装してくれる。出がけに鏡を見ると「いい感じやん!」といつも思うのだ。でも一歩外に出れば、私の視界に常に飛び込んでくるのは、デニムの無骨な生地でより太さを強調されたふとももだけである。着こなしの美点であるはずの華奢な足首や、相対的に細いはずのウエストなどは自分からは見えない。下半身に感じるゴワゴワした生地感と重さ。自分の体のボリューム感。歩いているうちにだんだん気持ちが沈んでしまう。

そりゃ年を考えれば、爽やかに白シャツとデニムを着てた方がいいんでしょう。ひらひらしたワンピースを着るよりは。でも、通りすがりの人にどう思われようと、自分が着ていて気分がよい服を着るというのはいいものだ。もちろん、見栄えも、気分も、両方上げてくれる服が一番いいんでしょうけど、なかなか難しいですからね。

こうして、今日も、明日も、年甲斐のない、でも気分がよい服を着続けようと思うのだ。

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