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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

だらだらとした温泉紀行

5月末に岩手での取材仕事が入った。

朝9時に北上駅に集合して2カ所でインタビューと撮影を行うというスケジュール。というわけで、夕方に神戸を出て、仙台あたりに前泊する予定がクライアント側から提示されたのだけど、「せっかく東北まで行くのなら温泉に泊まった方がいい」と温泉通の方に強く勧められて、それもそうだな〜と思い、前日早めに岩手に入って温泉宿に泊まることにした。

最初に勧めてもらったのが「夏油(げとう)温泉」なのだが、北上駅から車で1時間ほどかかるし、送迎車は1日1往復しかない。送迎時間にうまく合わせられそうにもないし、タクシーで往復するのももったいないのでここは諦め、花巻駅からバスで30分ほどでアクセスできる「大沢温泉」に予約を入れた。

 

www.oosawaonsen.com


それにしても東北って温泉がめちゃくちゃ多い。以前青森に出張に行ったとき、クライアント企業の営業マンで、現在東北支店に単身赴任中の方の車に乗せてもらったのだけど、とにかく一人でものすごい広いエリアを担当しているので、半日以上も移動だけ、という日も珍しくないそうで、営業で宿泊が必要になるたびにひとりであちこちの温泉宿に泊まり歩いているといっていた。

その日の移動中も、私から見ればどこもかしこも同じように見える山道のそこここで「この先にいい温泉が」「こっちにいくといい温泉が」「あっちにもいい温泉が」という話ばかりを聞かされた覚えがあり、そのときはピンとこないもので「へえ」「ふうん」としか思わなかったけど、今なら具体的にうらやましい。仕事のついでのひとり温泉、ほんま最高やわ!

神戸から東海道新幹線でいったん東京へ、東京から東北新幹線で北上へ。乗車時間は実に6時間という長旅に、乗車前はややうんざりしていたのだけど、これが仕事はかどるんだわ。事務所でやるよりずっとはかどる。出張終了まで書いてしまいたい原稿をひとつ抱えていたのだけど、いい感じにいいところまで進んで、ほんとに大げさでなく、あっという間に北上についた。時刻は15時すぎ。ここから在来線に乗り換えて2駅先の花巻へ。

 

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イーハトーブの別名を持つここ花巻はまさに温泉パラダイスで、奥羽山脈を源流とする豊沢川、瀬川のそれぞれの渓谷沿いに個性豊かな温泉がズラリと並び、花巻温泉郷をかたちづくっている。花巻駅からは「花巻南温泉峡」「新鉛温泉」「花巻温泉」の3ルートで各温泉をめぐる送迎バスが共同運行されていて、私は「花巻南温泉峡」をめざすバスに乗る。

ちょうど田植えを終えたばかりで、みずみずしい早苗が整然と並ぶ水田が広がる風景を車窓からうっとり眺める。あ、田んぼでサギがエサを探している。カエルが鳴いている。田んぼに立つサギって本当に美しいなあ。バスがゆく。あぜ道が次々にむこうからやってくる。そして、視線に平行になる瞬間の美しさに目を奪われる。野の花が咲いている。草が風に揺れている。

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やがてバスは坂を上り始める。下流から上流へ。山からわき出る渓流のふもとに温泉が点々と湧いているのだ。志度平温泉、渡り温泉を経て、大沢温泉に着く。私を降ろした後もバスは、まだ山の神温泉、鉛温泉新鉛温泉をまわる。名前聞いてるだけでどれも素敵そうで旅情がそそられる。

大沢温泉は、江戸期から湯治場として知られていたといい、豊沢川沿いに建つ「自炊部」は最も古く、風情あふれるその建物はなんと築200年だという。その隣には新しい旅館棟「山水閣」。さらに川の向こう岸には萱葺き屋根の「菊水館」。こちらも江戸期の建物だ。私の今夜の宿は菊水館である。

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歩くとギシギシッと廊下が鳴く。古い階段を上がると、温泉街のかつての風景だろうか、年代物のモノクロ写真が架けてある。鏡もある。夜に見るのはちょっと怖そうだ。いかにも湯治宿、という風情の部屋に案内された。部屋にトイレはない。広縁から豊沢川が見下ろせる。

ひとりで温泉宿なんて、さぞかし寂しいかと思ったけれど、もう部屋に入っただけでいきなり楽しい。3つの宿泊棟はそれぞれ独立しているが、橋や渡り廊下をわたって行き来が自由にできるようになっており、露天風呂やら内風呂やら、合計7つの風呂がある。山水閣の内風呂2つはそちらの宿泊者専用だが、残りの5つの湯は自由に入ることができる。

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18時半に、とお願いした食事の前に、2つの湯をめぐり、食事の後にさらに2つ。

夜、ひょっと体が冷えてきたかしら、と思ったタイミングで、一番気に入った山水閣の「豊沢の湯」にもう一度つかった。豊沢川に面した大きな窓は、気候のいい初夏とあってすべてオープンに開け放されていて、したたる緑が視界いっぱいに広がる。時折、野鳥が川の上を飛ぶ。広いお風呂には私以外に1〜2人しかいない。水音が聞こえる。少しぬるっとした感触のお湯が肌に心地よい。端的にいって極楽だ。

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湯上がりに売店でビールを買って部屋で飲んだら、22時半にはコテッと寝てしまった。
いつも外で泊まるときは眠りが浅くなるし、翌朝8時にはチェックアウトしなければいけないとあって、ギリギリまで寝ようと思っていたのに、5時半にきれいに目覚めて、朝風呂にもゆっくりつかる余裕があった。

私は基本的にひとりで行動するのが好きだけれど、ひとり旅には抵抗がある。20代のころに、それこそ東北を一人で旅したことがあるのだが、その間じゅう寂しくて、「おいしい」「きれい」と言い合える人のいないまま見知らぬ土地をさまようことは、なんて味気がないのだろうと、旅の間じゅう涙目で考えていた。その記憶が私を一人旅から遠ざけていたのだが、温泉宿は1人でも全く平気だということを今回知った。ふと思いついたときに好きなように風呂に入れて、気が済んだら出る。浴衣でひとりでふらふらする。めちゃくちゃ最高だった。

単に私が大人になったからそういうのが平気になったのだろうか。温泉は特別なんだろうか。ま、出張ついでというのがまたよかったのだな。道中も「いかねばならない」ミッションがちゃんとあるわけで。翌日、岩手の人に取材をするわけなのだが、岩手の温泉に泊まったといえば話も弾むし、バスなどに自分で乗ると、土地の概要がなんとなくでもつかむことができて、大いに仕事の役にも立った。

こんな最高の時間が過ごせたことで、岩手は私にとって、とても特別な場所になる。知らないところでくつろげるってなんて素敵なんだろうか。

ああ、ほんと楽しかったなあ。