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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

冷たい空気のなか、芝生を踏んで走る

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出張でつくば泊、というとみんな「あー」みたいな感じで「なにもないよー」という。前も大学の取材で来たことあるけど、このときは日帰りだったかな。でも今回か朝から夕方まで3件インタビューの予定が入っているということで前乗りを指示されたのだ。


東京泊にして東京から他のスタッフと車でつくば入りという選択肢もあったんだけど、朝から楽しくもない車移動するのもいやなので、私だけ前夜につくばに入ることにした。ホテルも安いし、空いてるし。出張のたびに温泉通の人に「どっか温泉ないですかね」と訊ねるのが通例なのだけど、今回は「筑波山に温泉があって一回泊まったことあるけど、そのときは自分以外だれも宿泊客がいなかった」と聞いて、うーんと思い、普通にビジホにした。でも駅前にダイワロイネットがあったからよかった。いいね、ダイワロイネット。ベッド広いし、部屋で炊くアロマオイルまでくれたわ。



しかし、ホテルの部屋に入ったら、テレビ画面に「つくばにようこそ」って、ロケットみたいな変なものが映ってるし、朝カーテンを開けたらやっぱりロケットみたいなものが屹立しているし「ぎょえーなんなのこのまち、男根主義!」と思わず独り言を言いながらも(いわざるをえない光景やん、科学至上主義的な雰囲気って男根主義っぽいしな)、朝、余裕のあるときは出張先でジョギングをすることにしていたし、今回もシューズ持参だったので、その奇妙な光景の中にランニングウェアで出ていくことにした。そして冷たい空気の中を走ったら、つくばが結構好きになった。

 

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郊外の学研都市らしく駅前にいきなり広い公園があるから部外者でものんびり走りやすい。出張ラン用に持ってくるシューズににはいつも軽くて薄いベアフット系を選ぶので、足に負担がかかりにくい芝生がたくさんあるの、とてもいい。池を眺めながら芝生を踏む。池に映り込む木々の葉はもう色づいている。

 

 

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公園の木々に隠れるように古い団地のようなものもある。古びた建物だ。しかし森に覆われていることで、ただもの悲しい古い建物というわけではない魅力のある風景の一部になっていた。新しいまちは必ず古びるけれど、そのとき、建物と同時に植樹された周囲の木々が森のように鬱蒼と育っていたら、まちの景観は新しいときよりも確実に美しくなっている。緑の力は偉大なのだ。大きな木々が育っているまちは、それだけでも長く人が暮らした証だし、特になんの変哲もないコンクリートの箱形の建物が一様に古びることによって減少するまちのエネルギーを補完して余りある。木が育っているまちは無条件にいいまちだ。

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だだっぴろい芝生を見ながら走っていると、ずいぶんむかし、大学時代にオーストラリアにホームステイした時の朝の空気を思い出した。日本の9月はオーストラリアの冬で、といっても昼間は半袖で過ごせる暑さだったけど、さすがに朝晩は冷えた。ホストマザーが仕事の前に車で学校まで送ってくれるのはいいのだけど、それが始業時間より随分早かったから、私はいつも学校の近くの公園で、他の日本人が到着するまでの間の時間をつぶした。大学生のあたしにジョギングなんてヘルシーな習慣はなかったので、その旅のために当時の彼氏が編集してくれたテープをウオークマンで繰り返し繰り返し聞いた。誰も歩いていない朝の公園の芝生はきれいで、いつもカラスがいた。空気はひんやり冷たくて、わたしは見渡す限りひとりで、耳の中ではロクセットが「あれは愛だった、でももう終わってしまった」と歌っていた。

 

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なんにせよ、知らないまちを走るのはいい。ランニングを始めたメリットはいろいろあるが、その中の重要なひとつは、そこをただ走ることで、しらないまちを親しく感じられたり、好きになったりする契機になることだ。走って嫌いになるまちはない。今のところは。