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うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

才能のキラキラに照らされる

展覧会 自分

この2月、兵庫県立美術館で、特別展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」を見た。

いわゆるアール・ブリュットの第一人者だそうだが、無学な私は知らなかった。
企画・監修は甲南大学文学部の服部正准教授。巡回はこのあと名古屋市立美術館、東京ステーションギャラリーだけということなので、兵庫県立美術館主導の企画展なのだろう。素晴らしい。

www.artm.pref.hyogo.jp

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ヴェルフリの作品は、余白恐怖症かというようなびっしりとした描き込みや、自意識が過剰にあふれたモチーフの反復性などに特色があり、それがいわゆる「アール・ブリュット」らしさでもある。それ故かどうか、複数の人から「見ると消耗する」という感想を聞いた。

見ているうちに他人の自意識の爆発(≒狂気)に飲まれる、ということだろう。それは分かる。しかし、私の知る中で、いつも抜群に冷静で、客観思考や物事の相対化に長けた年長の男性までもが「見るのがしんどかった」と言っていたのはさすがにちょっと意外に思った。

私は割と安易に他人の感情に共振してしまうタチで、映画を見て冒頭10分で滂沱の涙、ということも珍しくないのだが、ヴェルフリの作品を見ることに関しては辛さもしんどさもなく、見ていて単純に楽しかった。確かに圧迫感はあるし、描き手の苦悩が迫ってくる絵が多いが、それはそれとして、その過剰さを担保している天才性が痛快で、見ているこちらの気分は、ひたすら晴れやかであった。

それでひとつ思い出したことがある。

過去、私には大好きな彼氏がいたのだが、その人はけっこうおかしな、というか、控えめにいってもかなり個性的な人だった。しかし彼はまた、私がそれまでの人生で出会った人間のうち、抜群に頭がいい人でもあった。いや「天才」だった。たぶん。少なくとも私にとっては。
仕草がやたらとふにゃふにゃしていて、常にニコニコしている割に言葉が辛辣で、本にしろ映画にしろ残酷な表現物を好み、見た目も特に男前ではなかったけれど、彼の周囲の人たちには、いつの間にか彼の口癖や行動が感染し、だんだん彼に似てくる。その奇妙な影響力を考えても、ある種のカリスマを持っていたことは間違いないと思う。とはいえ、当時、彼の天才性について私ほど確固たる信念を持っていた人間も他にいなかったのではないか。私は「生まれてこの方、ずっと彼のようになりたいと思っていた」。ということに彼に会って初めて気づいた。端的に言って心酔していた。

いろいろあって彼との恋愛はあんまりうまくいかなかったけど(いくはずがない)、私にとっては何しろ忘れられない人で、会えなくなってからも繰り返し思い出しては、その行く末を気にかけていた。

あるとき、私をナンパしてきた好青年に、その彼のことを熱心に語って聞かせたことがあった。
近鉄の上本町の駅前で、まずはお茶を飲みながら、その後、お好み焼きを食べながら。
とにかく自分には、忘れられない大好きな人がいるのだ、と。
すると、思いのほかその話を熱心に聞いてくれた彼は「モーツァルトサリエリみたい。ぜひ『アマデウス』を見てほしい」と提案してきた。「モーツァルトという天才のそばで、その天才性を見抜いたばかりに苦悩するサリエリに共感するんじゃないか?」と。
 
果たして、後日素直にレンタルビデオ店で『アマデウス』を借りて見た私の感想は、単純に「モーツァルト天才! 素敵!」であった。強く印象に残ったのは才能あふれるモーツアルトの魅力だけ。サリエリの苦悩、なにそれ? という感じ。といっても、もう内容を全然覚えていないのでもう一回見直すと印象が変わっているかもしれないけれど。

私に『アマデウス』を勧めた彼は、言葉の端々に私のコンプレックスの強さを感じたからこそ、モーツァルトサリエリの関係を想起し、そこに恋愛感情や憧憬だけでない屈折を見たのだろうけど、私のコンプレックスは、彼に心酔する材料になりこそすれ、嫉みや憎しみなどのネガティブな感情につながったことなどなかったのだから、件の彼は少し私をかいかぶっていたのかもしれない。

いつか死ぬ体を持っているという点では私と至って平等なのに、中にひそむポテンシャルには圧倒的に差がある嘘みたいな天才性から生み出されたあれこれは、たとえ表現としてどれだけいびつだったとしても、その発端がどれほど苦々しい苦悩だったとしても、いつも私の前でキラキラと眩しくて晴れやかで、私の精神を攻撃したりすることはない。私はどこまでも凡庸な鑑賞者にすぎないのだ、ということを。

 

 

アマデウス(字幕版)

アマデウス(字幕版)

 

 

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