うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

クズ男への怒りと、凡庸な女の寂寥『百円の恋』

[監督:武正晴、脚本:足立紳  出演:安藤サクラ 新井浩文、稲川実代子、早織、宇野祥平坂田聡、沖田裕樹、吉村界人、松浦慎一郎、伊藤洋三郎、重松収、根岸季衣 2014年日本]

アマゾンプライムで空き時間にちまちまとぶつ切れで『百円の恋』を見た。
安藤サクラのダウナー女ぶりは確かにすごかった。見てるこっちの気分が沈む下流感。前半戦はダウナー女のひたすらダウナーな毎日が描かれるが、後半は日々の鬱憤をひたすらボクシングにぶつけて一気に疾走感が増す。32歳のど素人女がプロボクサーをめざす先に何が見えるのか……。

百円の恋

百円の恋

 

 

半分まで見たところではらわた煮えくりかえった。どうしようもないクソ男にヒロインがレイプ被害を受ける様子が描かれており、その描写が実に実にリアルだったからだ。
犯人は、現実のレイプ犯罪でも最も頻度が高いであろう知人の男だ。またその男の様子が、明らかな暴力を振るっているにも関わらず、自分を全く犯罪者と考えることもなくニヤニヤ笑い、それが「ちょっとしたコミュニケーション」だとでもいわんばかりの軽い態度で、どこまでも罪の意識などなく、あまつさえ「おまえもほんとは望んでるだろ」「迫ってもらえて光栄だろ」などと信じ込んでいる。あまりにもゲスで、しかしながらあまりにも世界にありふれているあの屈辱的な犯罪を、そりゃもうリアルに描いてはって感心したわ。レイプシーンを描く本も映画も多いけど、その日常性と本質的なゲスさをここまでリアルに描いているのは珍しいのではないか。
観客としてはなんとかしてその場を逃れてほしいと願うばかりだが、逃げ道はたやすく暴力で封じられる。あんなゲスは死ねばいい。しかしあんなゲスはいまこの瞬間もこの世にいっぱいあふれていて、あまりにもそこらへんにいて、全然珍しくないのだ。一人残らず死ねばいい。

本当にあのゲス男が許せねえ。激しい怒りが湧く。怒りとは、理不尽を許容できないときに湧く感情だ。怒りは2次感情だと? ちゃんと自己実現していたら怒りなど感じないってか? 怒りを持つのは大人げないとでも? 理不尽がそこにあったら、自分の心の中に不安がたまってようがたまってなかろうが、怒るのは当然だ。それを、怒った方に原因があるだと? そんなわけあるか。理不尽な目に遭えば、理不尽な人間を目の前にすれば誰だって怒る。そんなこととやかくいわれる筋合いねえっつの。と、最近のネット記事などを思い出してさらに怒りが増幅される。

まあ後半でもあれこれあって、ヒロインはボクシングに目覚める。
理不尽かつ屈辱的な目に遭った人間が「強くなりたい」と思うのは当然だ。
スピーディーな編集で、彼女の体がみるみるシャープに研ぎ澄まされていく様子は本当に爽快だ。自分の体を自分の思うように操れること以上の快楽はこの世にない。わたしも強くなりたい。一緒にシャドーボクシングをしていたら腕が痛くなった。
そして彼女は試合に挑む。勝利を自分で勝ち取るために!!がんばれ!!! 勝てっッ!!!!

面白い映画だった。いい映画だったと思う。しかし、ラストにはがっかりした。
現実は甘くないけれど、強くなった自分は裏切らない。
だからこそ、その手をふりほどく力が今のあんたにはあるやろうと。程度の差はあれ、かつて惚れたその男もクソ男やで、と。
泣くな、勝つまで孤独を生きていけ、と、遠ざかる彼女の背中に向かって、リングの外から、否、画面の外から届かない声をかけることをやめられない。自分が大して実践できていないことを映画の登場人物に求めるのもおかしな話やけどな……。一抹の寂寥感。しかし、はやいとこあんな男捨てろよ、としつこく思いながらエンドロールを見つめるわたしであった。

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