うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

2007年から遠く離れて

2007年はカラオケの年だった。


歌い、踊り、囃し、激しくタンバリンを叩きすぎたせいで手のひらにタコを作りながら、わたしは新曲をせっせと仕入れ、聴き、覚え、そして歌った。

2007年、ひとり娘は2歳だった。育休明けの業務再開から1年以上が経ち、仕事も軌道に乗り忙しかった。よい保育園に恵まれていたし、泊まりの出張が入ると車で2時間ほどの距離にある実家の父母が1週間や10日は快く娘を預かってくれたから、気楽に出張に出かけることもできた。


中でも、気心の知れた女性ばかりのチームで担当していたカタログ制作の仕事では、数か月おきに2〜3泊の出張が入り、仕事とその後の飲み会、そして深夜までのカラオケまでがワンセットで年中行事となった。仕事とはいえ楽しかった。基本的に同じメンツなのでマンネリ防止のためにも新曲が必要だ。出張のたびに1〜2曲は新たなレパートリーを仕入れるミッションを自らに課した。というわけで、今に至るまでわたしのカラオケのレパートリー曲は、2006〜2008年発売の曲に固まっている。

2007年は、出産後の緩んだ体を引き締めるためにランニングをよたよたと始めた年でもあった。
iPodにカラオケで歌いたい曲をたくさん仕込んで、朝に、夜に、走りながら聴いた。
YUIの「CHE.R.RY」(2007年)を聴きながら、朝日を浴びる桜並木のトラックをぐるぐる回ったし、APOGEEの「夜間飛行」(2006年)を流せば、住宅地を縫う暗い夜道が滑走路になった。ボニー・ピンクの「A perfect sky」(2006年)とともに焦げつく真夏の道を駆け、長雨の合間に「Anything For You」(2007年)とともに水たまりを跳んだ。

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そして、2007年といえば、なんといっても宇多田ヒカルだ。「Keep Tryin'」(2006年)で明るく高らかに新時代の幕開けを告げた彼女は、傑作アルバム「ULTRA BLUE」を発表した後も「Beautiful World/Kiss & Cry」〜「Flavor of Life」〜「HEART STATION/Stay Gold」まで一気に突っ走った。1曲ごとに「宇多田ヒカルらしさ」を塗り替えた豊穣の2007年。新曲が出るたびに興奮した。いやほんとうに最高だったね。

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サカナクションを初めて聴いたのはFM802ヘビーローテーションになっていた「三日月サンセット」(2007年)だ。同じくFM802で「キンミライ」を聴いて知ったナイス橋本は、2ndアルバムに入っている「i love you」(2007年)が好きだった。この曲には、遠距離恋愛中の男がメールを「早撃ち」する描写があるが、当時はわたしのケータイもNECの二つ折れタイプで、カラオケでこの歌をうたうときは、両手の親指でキーを素早く叩くジェスチャーを加えたものである。そうそう、当時わたしはiPodにわざわざラジオチューナーをつけてFMを聴いていたんだよね。

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色々な愛があった。アヴリルラヴィーンが2007年に「Girlfriend」で「あんなショボイ彼女よりあたしの方がいい女やろ?」と恋人のいる男に明るく迫ったかと思えば、2008年にはaikoが「二人」で、愛され系の女をただ羨むだけで自分からは行動を起こそうとしない受け身な女の思いを切なく歌い上げた。横恋慕日米対決、どっちもいいね! 

 

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リップスライムの歌にはモテる男ならではの世界観がこれでもかとちりばめられていて、歌うたびに眩しすぎて目を細めたが、中でもリップスライム×くるりの「ラヴぃ」(2006年)の「一緒に歯ぁ磨こうよ、ねぇ」という最強の口説き文句にはしびれた。一緒に歯ぁ磨こうよ……。いやはや完璧じゃないすか、このフレーズ。それでいて「ま、明日になったら気が変わってるかもしんないけど」てな感じで全体的にテンションが低いツンデレぶりもたまらん。まあ「ただしイケメンに限る」感はあるけどな。いい男はどんどんリップスライムを歌うべき。

 

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おしゃれシンガー木村カエラの「Yellow」(2008年)、野太い声のsuperflyの「マニフェスト」(2008年)、椎名林檎率いる東京事変の「キラーチューン」(2007年)など、絶叫系の女ボーカルの歌は爽快感があり、相対性理論「おはようオーパーツ」(2008年)、HALCALI「It's PARTY TIME!」(2007年)、MEG「甘い贅沢」(2007年)などのポップなガールズチューンも楽しくて好きだった。

 

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2008年にはカタログの仕事が終わり、チームで出張する機会が減った。わたしの仕事も全体的に堅めのものにシフトして単独行動が増え、いきおいカラオケにも行かなくなった。

わたしのケータイはiPhoneになり、ラジオはradikoになり、神戸のオークラで世にも華やかな披露宴を催した藤原紀香陣内智則と別れて梨園の妻になり、2歳だった娘は小学校6年生になった。

今使っているMacBookAirにもiMacにもCDドライブがついていないので、面倒臭くてCDは一切買わなくなり、Applemusicとsoundcloudでばかり音楽を聴いている。

しかしたまにカラオケに行けば、わたしのレパートリーは相変わらず2007年付近をうろうろと所在なくさまよう。自分の第2ステージが始まったような、なんとなくこの先もこのままうまくいくような、自分の中にある「何か」は、今後も増え続け、成長し続けることを根拠なく事実と見做していた2007年から遠く離れた今もまだ。