うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

『阪急電車』今津線各駅停車の旅(5)仁川駅のメイド服

仁川駅は、宝塚市と西宮市の境界に位置する駅で、駅のすぐ横を流れる仁川の右岸は西宮市、左岸は宝塚市である。

しかし、川をはさんで両側に「仁川」という地名があって、わたしが住んでいたのは西宮市側の仁川だったのだが、宝塚側にも仁川があった。で、仁川RIVERそのものはどっちの市に入るんだろうか。わたしは知らない。

娘によると仁川駅は小説のなかではまあまあないがしろにされているようで、登場人物の彼氏が、仁川駅のすぐ近くにある阪神競馬場でよく馬券を買ってた、ぐらいの登場の仕方であるらしい。

阪神競馬場といえば、わたしは大学時代に仁川駅近くのローソンでバイトしていたので、競馬がある日はおっちゃんたちに350円の競馬新聞を売りまくった。『じゃりン子チエ』のてっちゃんみたいな感じで、ほんまにまじに赤エンピツを耳にはさんだおっちゃんが次々に来店して、普通の新聞みたいなざら紙じゃない白くて厚手の紙に細かい数字や記号を暗号のように印刷した新聞を奪うように買っていくのだ。競馬の日は新聞もおにぎりも売り切れる。釣り銭もよくなくなって、なくなったら隣のローソンまで両替を頼みにいく。徒歩ですぐのところにローソンが並んでるって、まあまあ頭がおかしい感じだが、なにしろ、競馬場に面した県道中津浜線は、わたしたちローソンバイトが「ローソン通り」と呼んでいたほどローソンが多かったのだ。今はどうなってるかしらんけど。

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仁川駅の改札は、駅のこぢんまりとした規模に不似合いに広い。もちろん、競馬開催時に殺到する大量の乗客を効率よくさばくためである。この改札のすぐ先に、競馬場に直結するらしき地下道がある。わたしが住んでた頃はこんなのなかった。こんなのができたら、もうわたしがバイトしてたローソンの前なんか競馬客が通らないやろうし、商売あがったりやなー、というか、もうないやろな。あのローソン。

競馬場を見にいってみる? と娘に聞いたら「別にいい」というので、地下通路の馬のキャラクターの前でUターン。仁川に沿って坂を上る風景がわたしはとても好きなのだが、暑さでバテていて長く歩ける気がしなかったので、駅のすぐ裏の弁天池公園でひとやすみすることにする。

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弁天池は、風景の中に唐突にあらわれる、住宅地の中にあるにしては不自然なほどバカでかい池で、濁った水の中に鯉や亀がいる。きれいに手入れされた花壇には色んな花も咲いている。木陰のベンチに腰を下ろすと、すぐ背後を通る線路を時折電車が通過する以外は驚くほど静かで、風が葉を揺らす音、雀がガサガサしたり虫が飛んだりする音など、生き物が出す音しか聞こえない。池の向こうには、冗談みたいにまあるい姿の甲山が見える。

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池のぎりぎりのきわまで住宅が迫っている。自宅の勝手口を開けたところにこんな池があったら楽しいだろうな、とぼんやり考える。蚊がひどいかもしれんけど……。

 

日差しは暑いが、木陰に吹く風は涼しい。体力がじわじわと戻るまで池を見ながらぼーっとして、また駅に戻った。

 

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駅に戻るも、電車はさっき出たばかりなので、しばらく来ない。

仁川駅のホームからビゴのパン屋の緑の看板が見えた。私が大学生のころは、あの店はビゴではなくローゲンマイヤーだった。私はここでもバイトしていたことがあるのだ。

山小屋風の店構えも可愛かったが、店員の制服も可愛くて、レースのカチューシャにレースのエプロン、というメイド服みたいなものだった。今ではとても着られないけれど、当時はそれなりに似合っていたようにも思うし、その制服に着替えるのはコスプレみたいで楽しかった。貧乏学生だった私は、毎日売れ残りの生クリームたっぷりのパンやケーキを持ち帰らせてもらっては、主食のように食べていたので、けっこう太った。あのバイト、なんで辞めたんだったかな。このままだと太りすぎる、と危機感を感じたんだったかな。

 

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とにかく大学時代は堅いやつから柔らかいやつまでいろんなバイトをした。

コンビニでしょ、パン屋でしょ、家庭教師でしょ、カウンターレディでしょ、ホテルの宴会係でしょ、あと、テキ屋っていうのもあったな。工場の瓶詰めバイトもしたし、ライター仕事をちょっとかじったし、カーナビの地図を作る情報を集めるための実走スタッフのアシスタント、などという妙なのもあった。一瞬だけパチンコ屋っていうのもあって、これも今津線沿線での話なので、あとでちょっと出てくるかもしれない。

当時は景気がよかったから、授業のない時間に適当にバイトしてるだけでけっこう稼げた。就職に関しては目の前で氷河期が到来したから全然おいしい思いはしてないけど、それでも今みたいないろいろ厳しい時代ではなかった。

仁川の風景は当時とほとんど変わってないけどね。

 

(つづく)