うだうだと考える日記

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『阪急電車』今津線各駅停車の旅(6)甲東園・上ヶ原の見えない新幹線

東園駅今津線で最も学生の乗降が多い駅で、わたしも学生時代に頻繁に利用した。

 

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この駅から坂を上った高台「上ヶ原」には、背後の甲山を嫌味なほど見事に借景にした関西学院大学のイキッたキャンパスがある(アメフト問題で有名になったから広く知られるようになった通り、かんせいがくいんだいがく、と読む)。周辺にも関学附属中高や県立高校など学校が多いので、線路の両側に細い道路と建物が迫った狭苦しい甲東園駅の平日の朝はひどく混雑する。

 

私の学生時代は、線路の両サイドに東西の改札があり、学生の波は道路にそのまま吐き出されていた。駅前には投げやりな雰囲気の殺風景な空き地があり、ここにいつも阪急バスがぎゅうぎゅうに停められていて、学生たちはドアが開いているバスから順番に乗車して座っていく。すると、学生を積めるだけ積んだ時点で、どこがバス停かもはっきりしないカオスな空き地からバスが順番に発車して坂を上っていくのだ。

 

現在では駅の改札は、線路をまたぐ2階フロアに集約され、乗降客は空中通路で道路を横断できるようになっている。

線路の東側に壁のようにそびえていた古びた団地はなくなり、西側には西宮市役所の出張所などが入った駅ビルが建ち、バス用の車庫も駅から少し離れた場所に新たに設置されたようだ。バスのルートも駅前を迂回するようになり、駅前の風景は当時よりずいぶんとすっきりした。

 

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ま、わたしは貧乏学生だったのでバスなどには決して乗らずに坂は徒歩で上った。そして、仁川の坂を上りきったところにある大学の裏門の近くのハイツに入居するようになってからは、部屋の玄関から大学まで走って50秒ほどで到着できるようになったので、混雑した朝の駅とは縁がなくなった。

甲東園から関学に至る通学路沿いは緑豊かな瀟洒な住宅街だが、大学キャンパス西側の「上ヶ原」と呼ばれる一帯は、当時、ネギ畑が連なるのんびりした田園風景が広がっていた。その中に点々と風呂トイレ共同の古い下宿があり、わたしよりもっと貧乏な男子学生はみんなその辺りに住んでいた。が、1995年の阪神・淡路大震災の後、そういう古いタイプの下宿はずいぶんなくなったと聞く。

そういう下宿に遊びにいってテレビを見ていると、時折ブッブッとノイズが入る。ある時、その部屋の住民である友人に「なんなんこのブッブッってやつ」と聞くと、「あー、新幹線が通ったんやなあ」と教えてくれた。上ヶ原の地下には新幹線のトンネルが通っていて、そこを新幹線が通過するたびに、その上に建つ下宿に電波障害を与えるのだそうだ。

大学のときに新幹線なんてほとんど乗ったことなかったし、身近に感じたことも一度もなかったが、実はやつらは風景から隠された地底をひっきりなしに行き来していたのか……。と、すごく不思議な気分になったことをよく覚えていて、いまも新神戸−新大阪間のトンネルを新幹線で通過するときにふと、この頭上にたくさん学生がいるのだろうな、と考えることがある。

 

(つづく)

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

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