うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはないはず。

伏線のない世界を描く 『15時17分、パリ行き[The 15:17 to Paris]』

監督:クリント・イーストウッド
脚本:ドロシー・ブライスカル
出演:スペンサー・ストーン、アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、ジュディ・グリア、ジェナ・フィッシャー
2018年アメリカ、94分

 

wwws.warnerbros.co.jp

隅から隅まで好きな、2018年のなおみんのベスト映画はこれ!

実際に列車の中で起きたテロ事件を題材に、実際の事件の関係者を多数俳優として起用した異色作である。ただし私はその程度の事前情報も知らずに見た。それがまたよかった。

主役は、ちょっと情けない風貌の体のでかい色白の青年、スペンサー。これが映画では見たことのないレベルの絶妙な情けなさで、さすが素人を起用しただけのことはある。彼はリアルな米兵で、彼を含む友人3人が、パリ行きの列車の中で重装備したテロリストが企んだ無差別テロを阻止してヒーローになるのである。

しかし映画は意外なことに当日の出来事ではなく、3人の幼少時代から「その日」に至るまでの軌跡に尺をさき、彼らが、学校的な優等生的価値観から常にはみ出しがちな人物であったことをさまざまなエピソードで物語っていく。学校ではいつも怒られ、人徳もなく、親に心配をかけながらも、大きく道を踏み外すことなく3人はなんとか大人になる。

学校を卒業した後もファストフード店でバイト生活を送っていたスペンサーは、あるとき一念発起し、1年間にわたる猛トレーニングを経て軍の試験に受かる。しかし、視覚のちょっとした異常を理由に希望の部署への配属がかなわない。私はこの猛トレーニングのくだりで最初に泣いた。スペンサーは少し自暴自棄になるが、やがて持ち前の鈍感さを発揮して、与えられた任務に向き合い、柔術や救命術を学び、ゆっくりと、しかし着実に任務に必要なスキルを身につけていく。彼はいろんなことがちょっとずつ「遅い」し「鈍い」。が、だからこそ楽な近道を選ばずに愚直に目の前のハードルをクリアしていく能力を有した真面目な好青年なのである。

そしてあるとき、スペンサーの発案で3人は久しぶりに集まってヨーロッパ旅行に出かけることにする。この旅行中に例のテロに遭遇するわけだが、事件が発生するまでの旅行の描写は「だらだら」と形容するのが最も適切といえる悠長さで延々と続く。人によってはこのくだりが意味不明で退屈で耐えられないだろうが、これがもう私は本当に最高だった。

3人の中で一番イケメンで抜け目のない性格のアンソニー・サドラーは旅行中、常に自撮り棒片手にセルフィーを撮っている。スペンサーは観光名所に行くだけで楽しそう。途中、1人旅のアメリカ人女性に声をかけて一緒に食事をするも、特に性的なエピソードに発展するわけでもない。途中、アレクと合流した後は、ビールを飲み、クラブで夜遊びし、二日酔いに苦しむ。ローマ、ヴェニス、ベルリン、アムステルダム……。久しぶりに再開する幼なじみの親友3人組、とはいえ、現在はそれぞれの生活環境も異なり、たびたび会話が途切れながらも、特に険悪になるでもなく旅は続く。

このパートのポイントは、そのすべてがリアルで、同時に、なにひとつとして「未来の出来事の伏線になっていない」ことだ。今まで丁寧に描かれてきたような来歴を持つ若者たち3人が久しぶりに集まった旅行でいかにもありそうな旅のあれこれが、ただただ描かれるのみであって、テロリストを倒した勇敢さの理由は、どこにも描かれていない。だって、この旅は「テロが存在する以前の世界」なのだから。

演技もできない素人を起用したドキュメンタリーまがいの映画など、安っぽい「再現VTR」に過ぎないのではないか、という批判もあるそうだが、それは違う。一見、とても雑に「リアル」をちりばめたように見える映画の中に、実は純度の高い「フィクション」が実に巧妙に埋め込まれている。事件の前日、スペンサーはアムステルダムの街を眺めながら、誰にともなくこんなことをいうのだ。「まるで運命に導かれているように感じるんだ」と。ダラダラとした描写の中でピリリと引き締まったこのシーンはとても印象に残る。
これは、旅程や立ち寄った場所も忠実に再現したという旅の中に、監督がねじこんだフィクションだ。リアルをまぶしてフィクション性を巧妙にくるみ、伏線のない世界の中で、実はすべては伏線であることを鮮やかに示す。誰の人生においても「いまのすべては過去のすべて」なのだ。こんなこと、クリントイーストウッド監督以外の誰にできるのだろうか。

映画の最後に、実際のドキュメンタリー映像を埋め込んであるのもよくてねえ……。
フィクションとノンフィクションのこの素敵なねじれ!
事実を題材にした映画が、往々にしてモノマネに腐心していることをもっと反省してほしい。

 

 

15時17分、パリ行き(字幕版)

15時17分、パリ行き(字幕版)