うだうだと考える日記

読んだ本や観た映画、日々の雑事のあれこれ ネタバレはあったりなかったり。

I'm a Bitch! さあご一緒に!

引きこもって原稿仕事をしていると、なんかノリのいい曲があった方がいい。体動かしながら書いた方が文章にグルーヴ!も出る感じがするしね。

ほんで最近、FM802の開局から97年までのヘビーローテーションの洋楽をアップルミュージックにあるぶんだけピックしてプレイリストをつくってみたので、これを延々シャッフルすることが多かった。

懐古主義か! って感じだけど、まあ初老ぽさがあっていいっしょ。

しかし、これが素晴らしくてさ。ほんとすげーわ。元気な時代のヒット曲。

元気いっぱい。前奏が総じて長く(この頃の人らは気が長いのかね?)、サビが強い。そして、これでもかというほど繰り返される。

もうMCハマーとか最高っすよ! エイス・オブ・ベイスもええなあ〜。刻む刻む! なっしんこんぺーつゆー、なシニードオコナーとかもいいすねえ。みなさんここでチェキラっすよ! 

funky802.com

 

ほんで、歌詞が気に入ったのはこれっすよね。

女性シンガー、メレディスブルックスの97年のヒット曲「Bitch」。

タイトルがまずいいよね。ビッチ。

あたしは明るいビッチが大好きなので、「あいむあびっち!」と高らかに宣言するこの歌詞は本当に好きだ。

で、和訳してみた。解釈がちょっと間違ってるような気もするけど、超訳ってことでひとつ。

 

www.youtube.com

 

Bitch by Meredith Brooks

 

今日の気分はほんと最悪。

いくら優しくしされても、あたしはあたし。

うまくいえるかどうは別として、ちょっと聞いてね。

今まであたしのこと、イノセントでスイートな天使だと思ってたよね。

ふわふわしてて可愛いはずのあたしが

昨日はいきなりキレたから、びっくりしたでしょ。ほんとにごめん。

でもあたしはほんとにちっぽけで、いろんなものがぐるぐるしてる。

 

ビッチで、彼女で、子供で、ママで。

罪人だったり、聖人だったり。

恥ずかしくなんかない。

たまに地獄に落とすけど、素敵な夢も見せたげる。

上と下をいったりきたり。

こういうあたしが好きなんでしょ。

 

それがあたしだって分かってほしい。

つまり、強い男になれってこと。大丈夫。

君もイラついていいし、あたしもたまに変になる。

でも、今日のことなんてどうでもいい。

明日になったらまたいい感じになれるから。

 

ビッチで、彼女で、子供で、ママで。

罪人だったり、聖人だったり。

恥ずかしくなんかない。

たまに地獄に落とすけど、素敵な夢も見せたげる。

上と下をいったりきたり。

こういうあたしが好きなんでしょ。

 

あたしのことを理解したい?

そんなの時間のムダじゃない?

とにかく自分のことだけやっててよ。

そっちの方がかっこいい。

あたしを助けようとか思わないで。

 

ビッチで、彼女で、子供で、ママで。

罪人だったり、聖人だったり。

恥ずかしくなんかない。

たまに地獄に落とすけど、素敵な夢も見せたげる。

上と下をいったりきたり。

こういうあたしが好きなんでしょ。

 

あたしはビッチ。赦しの女神。

君が凹んで苦しいときは、ちゃんと天使になったげる。

今までがほんとじゃなかった。やっと生まれてきた気分。

ほら、生きてるって感じでしょ。

あたしはこういうあたしが好きなんだ。

石岡瑛子展をめぐる妄想(4)他者はデザインできない

血が、汗が、涙がデザインできるか──。

 

というのは、石岡瑛子展に添えられたコピーであり、元は石岡本人の言葉だという。しかし、濃密な展覧会でぐったりとしたわたしは、この言葉に違和感を覚えてしまう。

石岡瑛子がクリエイトした衣装や美術は、いずれもそれを纏う者に変態(幼虫から蛹化、羽化へのあの変態ね)を強いるものだ。それは、戦いや情動の結果として人間なら当然に流す血や汗や涙を封印した異質な存在へのメタモルフォーゼであり、奇妙な分泌物──赤くない血や、透明でない汗や涙を──ひり出す未知の存在への越境をこそ志向するものではなかったか。

 

出口の前には、石岡が高校生の頃に描いたという絵本<えこの一代記>が展示されている。あざといといえばあざといが、旅の終わりに「エピソード0」を配することで展示を円環させる上手い演出だ。わたしはチョロい人間なのでこれでジワッとくる。同時に、わたしのようなチョロい人間の出す涙など、彼女は一切デザインしてなかったな……と寂寞たる気分にもなる。すみませんね、暗い人間で……。

 

とてもよい展覧会だった。が、疲れてしまった。

 

2階にサンドイッチショップがあるというのでひと休みに向かう。コーヒーのつもりが、つい口が滑ってスパークリングワインをオーダーしてしまった。プラスチックコップだったのは残念だったが、たっぷり入れてくれたからありがとう。

 

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テラスと吹き抜けに向かって半円形に配されたカウンターテーブル。窓からコンクリートの中庭が見える。余白たっぷり。スタイリッシュな空間だ。平日の昼間に現代美術なんぞを見ようという層だけあって、ソーシャルなディスタンスをキープした客も概してスタリッシュで空間と破調がない。漠然とした安心感とともに、どこか虚妄な空気を惹起する光景だ。むしろ、決してスパークリングワイン向けとはいえない姿で所在なくそこにあるプラスチックコップにこそ、現実があるのでは? デザインしきれずに残った異物。

 

デザイナーズホテルだのデザイナーズマンションだのが流行るようになったのはいつからだったか、わたしが最も頻繁に出張していた2000年代の最初の10年、地方都市にも、いかにもおしゃれにしつらえました、みたいなビジホが増えた。そういうホテルは「朝食は和定食ですか、洋定食ですか」などと聞く代わりに「バゲットとデニッシュとフルーツをお好きなだけどうぞ!」みたいなことを言ってきたりするわけだが、宿泊客の大半はスタイリッシュとはいえない出張客である。打ちっぱなしのコンクリートとステンレスと強化プラスチックで構成されたクリーンな空間で、ひとり朝食を摂るスーツのサラリーマン。その姿は、むしろコンセプチュアルアートか、ってぐらいに悪目立ちし、パンフレットが謳う「上質なリラクゼーション空間」と乖離した奇妙なねじれを現出させる。

どれだけコンセプトに忠実に美しく、調和あるデザインを施そうと、現実世界では、他者はデザインできない。

 

そして改めて石岡瑛子が築いた王国を思う。それは、自分が座っている椅子の直下の空間に、いままさに存在している。創造主ひとりの頭の中なかで精緻にイメージされ、その通りそのままに現実化されたグロテスクで美しい王国。他者をも力づくで変態させ、驚くべき強度でイマジナリーな生態系を可視化した王国。

 

(もう続かないかもしれない)

 

[前回までのの妄想] 

石岡瑛子展をめぐる妄想(1)関西と関東をいったりきたり - うだうだと考える日記

石岡瑛子展をめぐる妄想(2)鮮血のような赤い指示 - うだうだと考える日記

石岡瑛子展をめぐる妄想(3)「光あれ」と彼女は言った - うだうだと考える日記

 

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雨の文学館で、夏と馬たち。

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雨の日曜日、神戸文学館を訪ねた。図書室の書棚に、同人誌、といっていいのだろうか、芸術文化団体の機関誌といった方がいいのか、70年近くも存続する老舗冊子『半どん』(2020年7月発行/174号)があったので、パラパラめくる。

 

神戸の詩人、鈴木漠の連載<翻訳詩逍遙(四)>に、永井荷風の訳詞集『珊瑚集』が取り上げられている。ボードレールの「秋の歌」の一節の引用が、まるで、映画『君の名前で僕を呼んで』のようである。

 

Adieu, vive clarté de nos étés trop courts !

 

荷風訳は「夢の間なりき、強き、光の夏よ、さらば」なのだが、鈴木さんは続けてさまざまな文学者の訳のバリエーションを紹介しており、荷風訳よりさらに「君の名前〜」みがある。特に福永武彦訳。エモい。

 

堀口大學「おお、さらば、左様なら、短きに過ぎし、われらが夏の、生気ある輝きよ!」

福永武彦「さようなら、きよらかな光、はかなく過ぎた僕たちの夏!」

安東次男「短かすぎた幾夏の 烈しい光よ、さようなら!」

粟津則雄「おわかれだ、あまりにも短かかった夏の日の烈しい光!」

 

さらば! さようなら! おわかれだ!

現実としても比喩としても「夏」というものから遠く離れた場所でこういった表現を目にすると、なんともノスタルジーが亢進する。わたしはついつい、チラシの裏にすべて書き写してしまった。

 

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続いて、野元正の連載<神戸に魅せられて──川と名作(2)>を眺めていて、ある単語に目が留まる。それは、万葉集にうたわれた地名「宇智」である。

 

たまきはる宇智の大野の馬並めて朝踏ますらむその草深野 (万葉集巻1−4)

 

この連載は、神戸ゆかりの文学をさまざまなコンセプトで取り上げて紹介していくもののようで、今回の切り口は「神戸の川」だ。野元氏は神戸ゆかりのうたとしてこの一首を紹介している。というのも、神戸の郷土史家の落合重信氏が、ここでいう「宇智」とは「宇治」であり、神戸を流れる宇治川を指しているという説を唱えているのだという。なんと!

 

奈良県五條市出身で、同市内の「宇智小学校」出身のわたしとしては、この万葉の一首が自分の故郷をうたったものであることをこれまでつゆ疑ったことがない。まさかの神戸説があったとは。

 

「宇智」ということばには幼少期から親しんできたが、改めて考えるとなかなか変わった地名で、含意のスケールが大きく、響きも謎めいている。何しろ、漢字を説明する時に「宇宙のう、と智慧のち、で、日のあるほう」とかいうのだ。しかしこの地名を「宇治」と似ているとか思ったことがなかった。いやあ、面白いね。神戸説にはあまり信憑性がないと思うが、とにかく面白い。

 

帰り道には、坂道から海を眺める。雨で煙って見えないが、その先にあるはずの紀伊半島を心眼で眺めるのだ。古代の馬たちは、この海を越えてきたのだろうか。

 

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石岡瑛子展をめぐる妄想(3)「光あれ」と彼女は言った

 

会場には、インタビューを受けている石岡瑛子の声がずっとBGMのように流れ続けていて、わたしは最初、どこかの展示室でインタビュー映像を見せている音が漏れ聞こえているのかと思っていたのだが、進めど進めどそうした映像展示はなく、展示の背景音としての演出であった。常に本人の「声」が響く中で作品を見る、という趣向は、展覧会場をめぐるという行為に、なにか宗教行事のような荘厳な趣を加える。

 

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第二部「FEARLESS」では、活躍の場を世界に広げ、そして表現方法がグラフィックという二次元から、舞台衣装や舞台美術という三次元へ、立体的に立ち上げていった時代の仕事が紹介されている。このパートでわたしが最も目を奪われたのは、舞台『M.バタフライ』の衣装だ。そのものずばり、ザ・蝶である。両の袖を翅に見立てて、帯の部分に蝶の胴体が配された振袖! 背面にドドーンと蝶を配した打ち掛けもある。蝶は着物の柄としてはよくあるモチーフだけど、全身で蝶になっちゃうデザインは斬新。「蝶」という言葉から一般的に想起される優雅さや美しさより、生き物としてのグロテスクさや禍々しさの方が際立っている。単純に、虫って人間の大きさに引き伸ばすとグロいのよね。でも昆虫好きのわたしとしては、見た瞬間「めっちゃ着たい!」と思ってしまった。美の演出ではなく、異物に変身するためのコスチューム。特に、芋虫から蛹化、羽化という、成長に変態が組み込まれた昆虫に「一度なってみたい」という憧れはわたしの中にずっとある。

三島由紀夫を題材にした日米合作映画『ミシマ──ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(ポール・シュレイダー監督/1985)のコーナーも面白かった。こんなへんてこな映画があったのね。石岡はこの映画で美術を担当しており、勢いに満ちた線で描かれたシーン構成のイメージ画も数多く展示されている。同じ展示室では複数のスクリーンで映像が同時に流されており、コンセプチュアルな、というんですかね、図式的かつ悪夢的な表現が面白くて見入ってしまう。そして、ラフスケッチにかなり忠実に映像が作られていることにも驚く。映画内で大道具として使われたという巨大な金閣寺のセットも展示されていた。この金閣寺が展示冒頭に展示されていた資生堂の広告の中のホネケーキよろしくまっぷたつに切られているのだ。しかしその内部に建築が持つべき空間はなく、羊羹のようにのっぺりしている。ちょっとおいしそう。これにはなんか笑ってしまった。

そして第三部「BORDERLESS」が凄い。第一部の仕事は平面、第二部の仕事が立体なら、第三部では、それらが一気に「生態系」にまで進化している。もう、衣装だの、小道具だの、ビジュアルだのという次元ではなく、それらが睦み合って生殖して繁栄する別世界が創造主・石岡瑛子によってクリエートされてしまっているのである。彼女は言った。「光あれ」と。

ターセム・シン監督の映画『ザ・セル』(2000)『落下の王国』(2006)の展示室では、長く足を止めて映像に見入っている人が多かった。絢爛たるフォルムと色彩で映画の世界観を支える衣装美術は、衣装の範疇を軽々と超えている。というか、何もかも石岡ワールドやないかーい。『ザ・セル』には、もはや舞台装置と化している巨大かつ魔術的な衣装が登場し、実際の映像がまた石岡直筆のラフスケッチに忠実すぎて、感嘆するというより、むしろ呆然とする。映像の完成形を事前に予言し、ペン一本で構想していたことに。

 「生態系」としての石岡瑛子の世界は、『シルクドソレイユ:ヴァレカイ』そして『ニーベルングの指環』の展示が出色である。

角や鰭や鱗や尻尾や水掻や触手、人間が持ち得ない器官や部品を盛大に盛り込んで多種多様な異種生物を生み出す衣装はまさに「変態」の多様なバリエーションであり、サーカスの人間離れした動きを立体的に視覚的に補強し延長する。さまざまな姿態と色彩と映像が林立するジャングルめいた前者の展示は、ぐるぐるぐるぐると彷徨い歩くのが楽しい空間だ。

ニーベルングの指環の展示室も深い森だった。架空の生物、絶滅した一族の抜け殻のような衣装の数々が屹立する展示は圧巻。計算され尽くし、たっぷりと生地を使ったドレープは、人体にそもそも配備されていない神経や筋肉を新たにかたちづくっている。まさに、異物になるための外殻。しかし、もしわたしがオペラ歌手なら、さすがにこれは着たくない、と苦笑した。人間のパフォーマンスの豊かさを愛でるオペラの舞台の衣装としては、あまりに個を食いすぎではないか。

北京オリンピックの映像にもわたしはうっとりし、かなり長いことそれを見つめてしまったが、ここでは「個の消失」はより鮮烈だ。しかし、きっとこのように個を消失させることはたいへんな快楽に違いない、とぼんやり思う。

(たぶん続く)

 

[前回までのの妄想] 

石岡瑛子展をめぐる妄想(1)関西と関東をいったりきたり - うだうだと考える日記

石岡瑛子展をめぐる妄想(2)鮮血のような赤い指示 - うだうだと考える日記

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石岡瑛子展をめぐる妄想(4)他者はデザインできない - うだうだと考える日記

 

 

 

石岡瑛子展をめぐる妄想(2)鮮血のような赤い指示

展覧会は石岡瑛子の仕事を経年的に辿るもので、そのボリュームも、網羅性も、立体性も、むちゃくちゃ気合いの入ったものであった。資料も膨大で権利関係もややこしいとあって、巡回せず東京都現代美術館だけの展示だという。むべなるかな。

 

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展覧会は三部構成になっている。いわく「TIMELESS」「FEARLESS」「BORDERLESS」。

 

第一部「TIMELESS」の最初に展示されているのは、資生堂の社内デザイナーとして1960年代に手がけた化粧石鹸「ホネケーキ(HONEY CAKE)」の広告ビジュアルだ。赤や緑の透明石鹸を食べ物や宝石に見立てつつ、あえて刃物やピンセットなどの無骨な金属と組み合わせた、端正かつ切れ味の鋭い表現となっている。ビジュアルもビシッと決まっているが、コピーもたいへんよい。商品の持つ魅力と特色を、使う人の目をまっすぐ見つめながら優しく語りかけ、なおかつ新しい発見と愛着を促す愛のある広告で、今でも十分に広告表現のお手本になりそうだ。実際、この石岡瑛子展を見たことがきっかけで、今も販売されている(のがすごいね)ホネケーキを買った、という人がけっこういるそうなのだから、約半世紀前の表現が広告として実効しているのである。すごいね。まさに「TIMELESS」。

 

これら広告の展示と同時に、朱書きの指示が入った校正紙なども展示されていて、これまたこれだけでデザインが効いているというか、美しい。鋭い指示と、勢いとバランスを両立させた筆跡のコンビネーション。絵もとても上手く、ラフスケッチも絶品だ。とか私がいうのもおこがましすぎてアレですけど、なんつーの、往年のグラフィックデザイナーはまずもって絵も字も上手いよね、と私は懐古する。今のグラフィックデザイナーはどうなのかしらない、というか、彼らの直筆の絵や文字を見る機会自体が少ないからよくわかんないのだけど、昔は、まず企画段階で仕上がりイメージをクライアントに提示するために、写真、イラスト、文字表現をすべてひっくるめた精緻なラフスケッチをデザイナーが手描きで作るのが当たり前だったから、みなさん絵がとても上手かったんですよ。なんなら完成したビジュアルよりラフのほうがずっとよい、ということ珍しくなかった。というのは、私が社会人になった1990年代のことを思い起こしての話なんで、たかだか20年ちょっと前の話ですが、社内で貫禄のあった年配のデザイナーなんて書家としても活動してた人だったりして、まあなんというか、グラフィックデザイナーってそういう仕事だったんだよね。

 

当時ペーペーの新人として編集のようなライターのような仕事をしていたわたしは、広告なり情報誌なりのゲラに特権的な指示を赤字で書き加える「朱書き」という作業がとても好きだった。印刷物のレイアウトを終えて出稿すると、まずモノクロの文字校が出て、次にカラーの色校が出る。色校はもう製版してるんだから、文字なんか修正するな! 特に2版以上に関わる修正ヤメロ! とか上司にも印刷営業にもいわれるし、わたしも、往々にしてツルツルした印刷本番の紙で出力されていて文字が書き込みにくい色校なんか嫌いだったし(笑)、文字畑の人間の主戦場は文字校である。ここに完成品の精度を高めるためのやむにやまれぬ修正だけを、最小限の表現で、できるだけ鮮やかな赤で書き込んでいくことにこそ、美が宿るってもんじゃない。

 

その際、至高の朱書きペンとして愛用していたのが、パイロットから出ている直液式水性ボールペン「Vコーン」の赤である。動脈血、とまではいわないが、健康な人の静脈血程度には鮮やかな赤のインクが滑るようになめらかに出てきて、紙面にみずみずしい水茎の跡を残す。几帳面ににレイアウトされたゲラのモノクロの世界に、破調としての赤、破調としての手書きの線を、美しい傷のように赤く浮かび上がらせる。そこらのボールペンのような醜いインクだまを作らない。線は細すぎず太すぎず、紙へのインクの染みこみ具合もちょうどいいのだ。

 

www.pilot.co.jp

 

Vコーンに限らず、パイロットに対する好感はわたしの中では非常に高い。というのも、かつて間違い電話をかけたときの対応が素晴らくて感動したからだ。わたしは、わたしなりに就職活動にいそしんでいた大学4回生のとき、単なる思いつきだけで旅客機のパイロットになるのもええなーと思って(我ながらアホすぎw)、実際に全日空日本エアシステムの自社養成パイロットの試験を受けたことがある。全日空は2次だか3次だかの試験を受けるために羽田の訓練所まで行ったが、見渡す限り男子学生ばかりの中でピンクの就活スーツだったのでとても目立った。それは今思い出しても微笑んでしまうぐらいアホっぽいという意味でよい思い出なのだが、話はその前、エントリーにさかのぼる。

 

当時はネット就活なんて影も形もなく、エントリーは電話のみ。わたしは大学の就職室に置いてあった全日空の「自社養成パイロット募集」というチラシに記載されていた番号に電話をかけた。すると受話器の向こうのお姉さんは「はい。パイロットです」というではないか。全日空パイロット募集の窓口で「パイロットです」と名乗るのか、斬新な会社だなあ、と思いつつ用件を告げるのだが、どうも話が通じない。かかった先は文房具メーカーのパイロット社だったのである。

 

……って、んなことあるかー?! て話だが実話である。なにかの間違いで誤記されていたらしい。実は同様の電話が何本もかかってきてるんですよ、と電話の向こうのお姉さんは朗らかに説明してくれたばかりか、本来かけるべき正しい電話番号まで教えてくれて(ちゃんと把握してたのがすごい)、「がんばってくださいね」とまで言ってくれたのである。すてき! 今、企業サイトで確認すると、創業者は飛行機乗りではなくて船乗りだったそうですね。そして創業103年。すばらしい企業だ。

 

「TIMELESS」な展示でわたしの妄想もTIMELESSに飛躍してしまった。資生堂への入社に際して「男性と同じ仕事と境遇を」と主張したという石岡瑛子との意識の格差が激しすぎて目眩がしますね。いや、わたしも「男性と同じ仕事と境遇を」を主張したという点では同じか。なにしろ面接で現役パイロットに「わたしは生理痛など微塵もありませんし、体力にも自信があります!」と意気揚々と宣言したのだからな。落ちたけど(笑)。ま、それはともかく、校正紙も美しい初期の仕事にわたしはうっとりし、けっこうな時間をここで過ごしてしまった。ホネケーキの広告の横には、同じ資生堂の仕事として、前田美波里を起用した生命力あふれるファンデーションのポスターが掲出されている。同じフロアには、今見ても、当時の新しいカルチャーの胎動をドクドクと感じさせる70年代のパルコの一連の広告キャンペーンが並ぶ。「あゝ原点」。

 

それらは迫力たっぷりで、多義的なメッセージに満ちている。展覧会としては序盤も序盤だが、このへんでもうすでにわたしには分からなくなっていく。目の前の表現は確かに美しく、力強い。しかし、わたしのためのものではない、と。

 

(続く。てか続いても脱線が酷いことになりそう。まあ、タイトル通り妄想ですから)

 

[前回の妄想] 

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石岡瑛子展をめぐる妄想(1)関西と関東をいったりきたり

 

旧年中の話になるが、年末の東京で、東京都現代美術館の特別展「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」を見た。

 

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石、岡、瑛、子。

石の岡、瑛(水晶)の子。とにかく名前からして価値が高そうだ。宝石がギュッと詰まった岡。硬く、冷たく、美しい。まあ、見た感想としては、ほんっと、そのままだね。名は体を表している。

 

東京都現代美術館の最寄り駅は「清澄白河」である。これもすごい名前だ。清く澄んだ白い河。ほんまかいな。歴史のありそうな地名ではあるが、わたしには土地勘も歴史勘もない。

しかし、美術館に一番近い東京メトロ半蔵門線のB2出口を出てそのまま広い道路沿いを西に歩けば、眼前に広がるのは名前を裏切る書き割りめいた街並みであり、そののっぺりとした風景に既視感を覚える。1995年の阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受け、その後再開発ラッシュの地となった神戸・長田の風景にどこか重なるのだ。しばらく歩いて「東深川橋」の交差点で北側をふと見ると、今度は大阪・天満あたりから大阪城方面を眺めた時の記憶が脳内をかすめる。道が先にいくほどせり上がり、前方に確固たる土地の隆起が見て取れたからだ。

大阪湾に向かって流れ込む多数の水路が集中する大阪の中心部は、かつては半分海みたいな湿地帯だった。その中にあって、地盤が強固で乾いた広い高台「上町台地」は古くから栄えた土地だ。大阪城はちょうどその台地の北端に建っている。意識を上空に持ち上げてイマジネーションを広げ、俯瞰でまちを見下ろせば、たちまち台地全体が陸地に浮かぶ大きな船の姿に見えてくる。その巨大な船は、舳先にフィギュアヘッドよろしく大阪城天守閣を掲げ、海から内陸へと進まんとしているのだ。天満あたりは湿地の側で、大阪城方面、台地方面を眺めると、常に道は前方に向かってせり上がっていて、それはちょっと希望のようなものを感じさせる光景だったりする。

 

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見知らぬ土地の風景に、ふと見知った土地の風景が重なる瞬間が好きだ。そして、それが何の変哲もない光景だったとしても、重ね合わせの記憶ととともに長く脳裏に刻まれることになる。脳内で東京と関西を行ったり来たりしながら10分少々歩いて到着した東京都現代美術館の佇まいは、水都・大阪のこれまた大きな船を思わせる中州、中之島に建つ国立国際美術館に似ていて不思議な気分になる。こういうことは年をとれば取るほど増えていくのだ。

(例によって続くか続かないか分からない)

 

ーーー無事に続きましたーーー

石岡瑛子展をめぐる妄想(2)鮮血のような赤い指示 - うだうだと考える日記

石岡瑛子展をめぐる妄想(3)「光あれ」と彼女は言った - うだうだと考える日記

石岡瑛子展をめぐる妄想(4)他者はデザインできない - うだうだと考える日記

 

 

ダメ人間

わたしはダメ人間なので、2021年の年賀状は誰にも何も宣言せずにやめてしまった。

これまで、ダメ人間なりに律儀なところがある私は、一応、送ってくれるひとには年賀状を出す、ということをやり続けきたのだが、その結果、出さねばいけない枚数が漸増していき、これらを年末の慌ただしい時間の中で用意するのがとても苦痛だった、というのももちろんあるのだが、実は本当は書くことよりも年賀状を受け取ることの方がすごく苦手で……。ていうか、そもそも私は自分のことを自分のいない場所で思い出されるのが結構苦手だし、年賀状って書き手の面倒臭さが結構漂ってくるし、自分自身も書き殴って送ってしまうという行為に覚えがあるものだから、師走の慌ただしい時間に慌ただしく、必然性に駆られているわけでもない自分宛てのメッセージが書き殴られた書状を受け取り、そこに記された何らかのメッセージを読み取る、という作業がもう「うっ」と何か重いものが喉元まで迫ってくる感じで、これを書くと、本当に人非人みたいでイヤなのだけど、実は……毎年、年頭に年賀状を見るのがイヤすぎて、実は、実は…………見ずに放置してしまうことが多かった。そして、受け取ってから約一年が経過した12月、おもむろに賀状を取り出し、自分から送る賀状の宛名を確認する「ついでに」、初めてそこに何が書かれているかを知る、ということがここ数年は常態化していた、というていたらくなのである。ほんとうぅ〜〜、に、みなさんっ申し訳ありませんっ!!!!!

でもほぼ一年後に読むと、みなさんなかなか素敵なことを書かれているのよ……。「ああ、お子さん大きくなっている。可愛いなあ」「へえ。大病されたのか、大変だったのね」「引っ越しされたのかー」「もう定年をお迎えになられたのね」「まあ、こんな優しいことを書いてくださっているわ。いい人よねえ」なんてね。なぜ私はちゃんと受け取った直後に見なかったんだろう。どうして私は、私は……。そんな自己嫌悪に向き合う辛さから逃れるために、さらに目の前の賀状の書き殴りが加速してしまう。

まあ、年賀状なんて時代遅れということはずっと言われてきましたから、気の利いた人は令和になったのを汐に、「やめます」と宣言してちゃんときれいに止められてましたよね。わたしはそんなこともできずずるずる書き続けてきたにも関わらず、ここにきてはたと2020年の年末に「もうええか」となって、いきなりやめてしまった。で、1枚も送ってない。はあ。でもこんなにイヤだったのだから、もう送る方が失礼よね。というロジックで納得させるのが、本当にダメ人間ですよね。はあ。

2021年は前向きに生きる所存なのですが、とりあえずダメ人間の自分を吐露するところから始めてみました。でも、いい正月やった……。おかげで読書はかどったし……。・

2021年は世界が幸せになりますように(ほんまにダメ人間感)。

 

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